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【裕福と貧困と禅の体験】年収1200万円と自己破産を体験した先に「禅」と出会えた

1. はじめに

どうも!!自己破産男です!!!

年収1,200万円。
一般的には「成功している」と言われる立場だったと思います。
周囲からも羨ましがられ、自分自身も「このまま突き進めばいい」と思っていました。
しかし、その後すべてを失い、所持金はわずか3万円になりました。

お金、人、時間、自信。
それまでの価値や基準が一瞬で崩れ落ち、「自分という存在」そのものを疑うような時間が続き、一時は本当に世の中から消えようと思っていました。

そんなとき、偶然出会ったのがアラン・ワッツの禅の思想でした。
その言葉のおかげで、僕は「失った」ではなく「手放した」と捉え直すことができました。

今日のnoteでは、「年収1,200万円→自己破産→無職→再起」という経験を通して、僕の中でどのような「お金に対する価値観の変化」が起こったのかを書いていきます。


2. 年収1200万円だった頃の自分

当時はとにかく忙しくも充実していました。
高い給与、増える人脈、良いレストラン、毎月の旅行。
「次はもっと大きな案件を獲りたい」
「今よりもっと稼ぎたい」
「もっと上のステージへ上がりたい」
そんな前向きな感情で毎日を動き回っていました。

正直に言うと、自分の中にはかなり強いステータス欲もありました。
「稼げているかどうか」で自分の価値を測っていて、
高価な洋服や時計を買うことで、安心を得ていた部分もあります。

ただ一方で、心の片隅には
「こんなに手に入れているのに、なぜか満たされない」という感覚がずっと残っていました。

今振り返ると、あの時期にかなりの浪費もしていました。
ただ幸運だったのは、少額でも「資産になるもの」(時計・本・学び・小さな投資)を買っていたことでした。

この時は正直「いつか役に立てばいいな」くらいの感覚でしたが、後にお金がまったく無くなったとき、「あの時これらを買ったり、知識への投資をしていて本当に良かった」と心の底から思いました。
この体験は、後の人生における“お金の使い方”の軸
になることになります。

3. 崩壊のきっかけと、自分が壊れた瞬間


初めて他人から騙されたこと、ビジネス上の判断ミス、周囲とのズレ、そして運の悪さ。
少しずつ歯車が噛み合わなくなっていく感覚がありました。

ある日、「破産」という現実を突きつけられた瞬間、頭の中が真っ白になりました。
自分が「社会から切り離されていく」ような感覚。
何より辛かったのは、自分で自分を認められなくなったこと

「自分は一体何だったんだろう」
「これまで頑張ってきたことは、全部無駄だったんだろうか」

それが、僕の今までの人生で最も暗い時間の始まりでした。

4. 所持金3万円の日々と、サバイバル思考

朝、財布の中身を見ては「今日は何に使えるか」を計算する毎日。
食費を削り、固定費を見直し、とにかく生きるだけで精一杯でした。

でも不思議なことに、見栄やプライドを捨てきった瞬間、少しだけ心が軽くなりました。

「誰にどう見られてもいい」
「とりあえず今日は生きられた。それで十分だ」
「近所のおばあちゃんと楽しく話せた」
「スーパーで美味しいものを買うことができた」

そんなふうに考えられたとき、初めて本当の意味で肩の力が抜けた気がした。

5. 無職という空白の時間で向き合った本当の自分

仕事もなく、予定もなく。
今までは忙しさで見えなかった自分自身と向き合う時間が強制的にやってきました。

最初は不安と焦りしかなかったけれど、その空白な時間の中で、少しずつこう自問するようになりました。

「自分の人生で、本当に大切なものって何だ?」

家でもない。お金でもない。ブランドでもない。名声でもない。

それよりも、
「どんな人と一緒にいたいか」
「どうやって誰かの役に立ちたいか」
「人生で何に楽しみや幸せを感じるか」

そういう根本的な問いに意識が向くようになり、この内省が、価値観を根本から変える入口になりました。

6. 手放しの中で芽生えた足るを知るという価値観

そんな時に出会ったのが、アラン・ワッツの手放すという禅の概念

「人は失うことを恐れるが、実は余計なものを手放すチャンスでもある」

その言葉が、まるで自分に向けて言われたもののように刺さりました。

失うことは、終わりではなかった。
それは必要のないものを手放していく過程なんだと気づきました。

そこから、僕の中で足るを知るという感覚が芽生え始めました。

「これがあるから幸せ」ではなく「これだけあれば十分だ」と思える感覚。

不思議なことに、そう思った瞬間、少しだけ希望が戻りました。

7. 今の自分が大切にしていること

今はもう、年収や肩書きで自分自身をジャッジすることはありません。
代わりに大切にしているのは

  • 誰かの役に立てているか

  • 今この瞬間を丁寧に生きているか

  • 自分の価値観を偽っていないか

ということです。

あのどん底を経験したことで、「もう失うものはない」という強さも手に入ったと思います。

8. おわりに

もし今、人生がうまく行っていなくて苦しいと感じている人がいたら、それは終わりではなく、むしろ新しい価値観が始まる前兆かもしれません。

僕はすべてを失ったことで、「本当に大切なもの」に気づくきっかけをもらいました。

そして、その気づきを支えてくれたのが、アラン・ワッツが語るような
禅的な思考(執着を手放し、今に意識を置くという在り方)でした。

また、不安や絶望を紐解いていくと、そのほとんどは「まだ来ていない未来」や「すでに終わった過去」に意識を向けすぎていることが原因だと気づきました。
禅のように今この瞬間を見つめ、集中することで、初めて心が静かに整いはじめました。

禅を知ってから、人生に必要なものは実はそんなに多くないと心から分かりました。
あなたにも、そんな感覚がいつか訪れることを願っています!

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