第一次世界大戦からウクライナ戦争へ― 国家総力戦の変化と、日本が備えるべき「国家適応力」 ―
はじめに
現在の国際安全保障環境について、第一次世界大戦前後の世界との類似性を指摘する見方がある。地域紛争が大国間競争と結び付き、既存の国際秩序が不安定化し、国際社会による紛争抑制が十分に機能しない可能性があるためである。
もちろん、現在をそのまま「第一次世界大戦前夜」と見ることには慎重であるべきだ。核兵器による抑止、国際機関、経済相互依存、情報通信技術など、1914年当時には存在しなかった要素がある。しかし、大国間競争と地域紛争が結び付くことで、局地的な戦争がより広範な安全保障問題へ発展する可能性という点では、歴史を振り返る意味は小さくない。
では、第一次世界大戦とウクライナ戦争は、日本に何を教えているのであろうか。
第一次世界大戦が示した「国家総力戦」
第一次世界大戦の重要な特徴の一つは、戦争が軍隊同士の戦闘だけでは完結しなくなったことである。
大量の兵器、弾薬、燃料、食料、輸送力を必要とする長期戦では、国家の工業力、財政力、科学技術、人材などが軍事力を直接左右するようになった。
つまり、戦争遂行能力が「軍隊の能力」から「国家全体の能力」へ拡大したのである。
日本も第一次世界大戦を通じて総力戦の意味を認識し、その後、総力戦研究を進めた。しかし、歴史を振り返れば、軍事的合理性を優先する傾向が政治、外交、経済との均衡を失い、国家としての戦略的選択を誤ったことが重要な教訓となる。
ここから得られる教訓は、「戦争になれば国家全体が必要になる」ということだけではない。国家全体の能力を、どのような政治的目的の下で、どのように統合するのかが重要なのである。
ウクライナ戦争で何が変わったのか
ウクライナ戦争でも、戦争が国家全体を巻き込むという点では第一次世界大戦との共通性がある。
弾薬や兵器の生産、防空能力、エネルギー、通信、サプライチェーン、経済制裁、国際的な支援など、軍事と非軍事の境界を越えた能力が戦争遂行に関係している。
一方で、相違点も大きい。
ウクライナ戦争では、ドローン、AI、衛星通信、衛星画像、サイバー、電子戦など、民間技術を含む急速に進化する技術が戦場へ取り込まれている。
特に重要なのは、単に最新技術を保有することではなく、戦場で発生した問題を短期間で技術改良へ反映する能力である。
ハドソン研究所で行われたデヴィッド・ペトレイアス元CIA長官とジェイソン・シュー氏の対談では、ウクライナのドローン開発について、多数の企業やスタートアップが競争する環境、軍と民間企業を結ぶ仕組み、現場から開発への迅速なフィードバックなどが特徴として指摘された。
これは、従来型の「国家が兵器を調達する」という関係だけではなく、政府、軍、企業、研究者などが相互に能力を向上させる「能力エコシステム」の重要性を示す事例と考えられる。
ただし、ウクライナには国家存亡の危機、西側諸国からの支援、戦時下の社会的集中という特殊条件がある。そのため、日本がそのままウクライナ型モデルを導入すればよいとは考えにくい。
「総力」だけでなく「適応力」が重要になる
第一次世界大戦からウクライナ戦争までを連続して見ると、戦争に必要な国家能力は「量」だけでは説明できなくなっている可能性がある。
第一次世界大戦では、大量生産能力が極めて重要であった。
現在では、それに加えて「変化への適応速度」が重要になっていると考えられる。
例えば、戦場で新たな電子妨害が発生した場合、それを認識し、技術者が対策を考え、試作し、部隊で実証し、再び改良する。この循環が速ければ、同じ装備でも時間とともに能力を高めることができる。
本稿では、この能力を「国家適応力」と呼ぶ。
国家適応力とは、外部環境の変化や危機に対して、国家が必要な能力を迅速に創出、改善、維持する能力である。
日本の課題は「制度が悪い」ことではない
日本においても、防衛省・自衛隊では研究開発改革、民間技術の活用、スタートアップとの連携、装備取得制度の改善などが進められている。
したがって、「日本の防衛組織は変化していない」と評価するのは適切ではない。
一方で、長期間にわたり形成されてきた制度には、それが形成された合理的理由もある。
自衛隊は限られた予算、人員、装備の中で任務を遂行してきた。その結果、部隊では与えられた装備の能力を最大限に発揮することが重視されてきた。これは、限られた資源で高い練度を維持する上では合理的であった。
しかし、技術変化の速度が極めて速い分野では、既存装備の能力発揮だけでなく、「現場から新しい要求や改善提案を出し、それを迅速に技術へ反映する仕組み」が重要になる可能性がある。
装備開発についても同様である。
日本では、限られた予算の中で技術的リスクを抑え、安全性、信頼性、説明責任を確保しながら装備化する仕組みが形成されてきた。これは大型艦艇、航空機、防空システムなど、高い信頼性が求められる装備には依然として重要な強みである。
一方、AI、無人機、ソフトウェアなどでは、長期間をかけて一つの完成品を作る方式だけでは、技術進歩に追いつきにくい可能性がある。
したがって、必要なのは既存制度の全面否定ではない。
大型・高信頼性装備については従来型の慎重な開発方式を維持しながら、技術変化の速い分野では、小規模試作、早期実証、現場フィードバック、短期間の改良を繰り返す方式を組み合わせることが考えられる。
日本が構築すべき能力エコシステム
日本に必要なのは、ウクライナの制度を模倣することではなく、日本の条件に適した能力エコシステムを形成することである。
その構成要素は、防衛省・自衛隊だけではない。
防衛企業、スタートアップ、大学、研究機関、通信、AI、宇宙、半導体などの民間企業、そして同盟国との連携まで含めて考える必要がある。
その際、企業側にも現実的な事業性が必要である。
防衛分野への参入を求めるだけでは、企業は持続的に参加できない。長期的な政策見通し、知的財産の保護、投資回収の可能性、安定した調達制度などが必要となる。
したがって、国家適応力の構築は防衛省だけの問題ではなく、防衛産業政策、科学技術政策、経済安全保障政策を横断する課題と考えるべきである。
防衛企業への示唆
今後の防衛企業にとって重要になるのは、単に高性能な装備を納入する能力だけではない。
AI、ソフトウェア、通信、センサーなどを組み合わせ、継続的に能力を更新できる「進化するシステム」を設計する能力が重要になる可能性がある。
また、自社ですべてを開発するのではなく、スタートアップ、大学、異業種企業との連携能力も競争力となる可能性がある。
さらに重要なのは、平時から有事を想定した「拡張可能性」を設計に組み込むことである。
有事になってから企業を集めるのではなく、平時から複数企業が参加でき、現場の要求を受けて改良し、必要なら生産を拡大できる構造を準備しておくことが望ましいと考えられる。
おわりに
第一次世界大戦が示したのは、「戦争になれば国家全体の能力が必要になる」という教訓である。
ウクライナ戦争が示している可能性があるのは、「国家全体の能力を、どれだけ速く変化させられるか」が重要になっているということである。
したがって、日本が目指すべきなのは過去の国家総動員型モデルへの回帰ではなく、既存の制度と組織の強みを維持しながら、変化速度の速い分野では柔軟に能力を創出できる国家適応力の構築である。
今後の防衛システム開発では、「有事に使える装備」を作るだけでなく、「有事に継続的に進化できるエコシステムへ発展可能な装備」を設計するという視点が重要な検討課題になると考える。
