能力ネットワークの時代―安全保障の重心は「軍事力」から「国家の能力設計」へ―
はじめに
安全保障を巡る国際環境は、大きな転換期を迎えている。
中国による軍事力の増強、ロシア・ウクライナ戦争の長期化、北朝鮮の核・ミサイル開発、経済安全保障の重要性の高まり、AIや宇宙・サイバー技術の急速な進展など、従来は個別に論じられてきた事象が、相互に密接な関係を持つようになっている。
その結果、安全保障はもはや軍事だけの問題ではなく、外交、経済、技術、防衛産業、情報空間を含めた国家全体の能力が競争対象となる時代へ移行しつつあるように見える。
本稿では、その構造変化を「能力ネットワーク」という視点から考察したい。
「同盟」「共同開発」と何が違うのか
能力ネットワークという考え方は、同盟や共同開発を否定するものではない。
日米同盟は、現在も日本の安全保障の基軸であり続けている。しかし、同盟国であっても最先端技術や暗号、ソースコードなどが全面的に共有されるわけではない。
同様に、GCAP(日英伊次世代戦闘機共同開発)のような国際共同開発でも、参加国が全ての技術を共有するわけではなく、それぞれが中核技術を保持しながら協力している。
つまり、
「同盟=能力共有」
でも、
「共同開発=能力共有」
でもない。
本稿でいう能力ネットワークとは、各国・各企業が得意とする能力を維持しながら、それらを相互に補完し、ネットワーク全体として高い能力を実現する考え方である。
重要なのは、装備品を共同で開発することではなく、「どの能力を国内で保持し、どの能力を国際的なネットワークによって維持・発展させるか」を設計することである。
なぜ今、この発想が必要なのか
その背景には、技術革新の急速な進展がある。
現在の防衛能力は、AI、電子戦、宇宙、サイバー、半導体、クラウド、ソフトウェアなど、多様な技術によって構成されている。
一国だけで、これら全ての分野において世界最高水準を維持することは容易ではない。
日本では、長年の防衛費抑制や市場規模の制約に加え、少子高齢化による技術者不足などもあり、一部の分野では国内だけで能力を維持・再構築することが難しくなっている可能性がある。
これは、日本の技術力そのものが低下したということではない。
むしろ、防衛技術の高度化と開発速度の加速によって、一国のみで全てを担うことが現実的ではなくなりつつあるという構造変化と理解すべきであろう。
日本が直面する固有の課題
近年、ウクライナ戦争を契機として、サージ生産能力や継戦能力の重要性が改めて認識されている。
しかし、その教訓を「全てを国内で生産できる体制を構築すべき」と単純化して理解することには慎重であるべきではないか。
日本は、戦略縦深が限られた島嶼国家であり、四面を海に囲まれ、海上交通路への依存度が極めて高い。また、中国、北朝鮮、ロシアという異なる性格を持つ軍事的脅威に同時に対応しなければならないという特徴を有している。
さらに、防衛市場規模や人口動態を考えれば、全ての技術・装備を国内だけで維持することは容易ではない。
したがって、日本に必要なのは、国内能力か国際分業かという二項対立ではなく、「どの能力を国内で保持し、どの能力をネットワークで補完するか」という能力設計の視点である。
能力のポートフォリオという考え方
能力ネットワークを具体化するためには、「能力ポートフォリオ」という考え方が有効である。
第一は、国家中核能力である。
指揮統制、暗号、作戦運用構想、情報保全、基幹造船、MRO(維持整備)などは、安全保障上、国内で一定の能力を保持することが望ましい。
第二は、ネットワーク補完能力である。
AI、電子戦、無人システム、高度センサー、宇宙利用、クラウド、ソフトウェアなどは、国際共同開発や能力ネットワークを活用しながら維持・発展させることが合理的な分野である。
第三は、市場競争能力である。
AI、ロボティクス、先端材料、海洋技術など、民生と防衛の双方で活用されるデュアルユース技術は、国際市場で競争力を高めること自体が安全保障基盤の強化につながる可能性がある。
重要なのは、この区分は固定的なものではなく、技術革新や安全保障環境の変化に応じて継続的に見直す必要があるという点である。
防衛企業への示唆
防衛企業を取り巻く競争環境も変化している。
これまでは、「優れた装備品を製造すること」が競争力であった。
しかし今後は、「能力ネットワークの中で、自社が代替困難な役割を担えるか」が競争力を左右する可能性が高い。
そのためには、自社の技術が国家中核能力なのか、ネットワーク補完能力なのか、市場競争能力なのかを見極めた上で、国際共同開発やAI、ソフトウェア、サイバー分野への投資、情報保全やサプライチェーン強靱化などを経営戦略に取り込むことが重要になるであろう。
おわりに
安全保障の重心は、「軍事力」から「国家総力」、そして現在は「国家の能力設計」へ移行しつつあるように見える。
もちろん、この見方が唯一の解釈であるとは限らない。
今後、各国が自給自足へ回帰する可能性や、技術ブロック化がさらに進展する可能性も否定できない。
しかし、日本のように、戦略縦深が限られ、四面環海で複数の軍事的脅威に直面する国家にとっては、「国内で全てを保有するか、海外に依存するか」という二者択一ではなく、「国内で保持すべき能力と、能力ネットワークによって補完すべき能力をどう設計するか」が、防衛政策と防衛産業政策を考える上で重要な論点になると考えられる。
能力ネットワークは、その議論を進めるための一つの分析枠組みである。今後も安全保障環境や技術動向を踏まえながら、その有効性を継続的に検証していく必要がある。
