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近畿?関西?① 近畿の意味は関西より重い

近畿地方は皆さんが普段使う「関西地方」を指す。近畿は行政や公的機関などで使われる用語。関西は文化圏や経済圏を表す言葉である。

しかし、日常では「関西」を使うのが今の主流だ。「近畿」を聞くのはNHKの天気予報や甲子園の代表を近畿で括る時ぐらいだ。自らを「関西人」と呼んでも、「近畿人」と言う人はいない。

そして、NHKですら「関西」も使う。NHKの朝の全国ニュースが地方局に切替わると「NHK NEWS 関西」のタイトルになる。でも、天気予報では「近畿は3月並みの暖かさ」と言っている。

使用頻度に差はあれど、併用される地域の呼称。

だが、「近畿」と「関西」の用語の意味を比べると、「近畿」には特別な重みがある。

近畿とは

近畿は明治以降に広く使われ始めたが、語源は古代まで遡る。「畿」とは「みやこ」、天子の居る場所とその直轄地を意味する。律令制度の用語で、国家の中心を示す特別な呼称だった。

奈良時代、都であった平城京周辺がその中心となり、
その後、平安京への遷都を経て制度が整えられ、
都の周辺は「五畿」と呼ばれるようになった。

五畿とは以下の律令国である。

山城(京都府南部)
大和(奈良県)
河内(大阪府東部)
和泉(大阪府南西部)
摂津(大阪府北部〜兵庫県南東部)

これらの地域は天皇の徳と権威が直接及ぶ国家の中心圏と考えられていた。

明治時代、全国の地理区分が整理される中で、この歴史的な「畿」の概念が拡張され、周辺地域を含む広域ブロックとして「近畿地方」が定着した。

京都府
奈良県
大阪府
兵庫県
和歌山県
滋賀県
三重県(東海地方の場合もある)

「五畿七道」と中世に呼ばれた五畿と「七道」にあった律令制の等級において近国と呼ばれた重要な国々が加えられ、近畿となったのである。七道にあった近国は以下の通りだ。

滋賀→ 東山道
丹波・丹後・但馬→ 山陰道
播磨→山陽道
紀伊・淡路→ 南海道
伊勢・伊賀・志摩→東海道

ついでに七道を全部挙げておくと、九州の西海道北陸道がある。既に気付いている方も多いだろうが、全て京都から見た方角と地形である。

ただし、山城国も奈良が都の頃は山背国であったのは面白い。平安京遷都後に地理認識が変わったのがわかる。

話を戻すと、近畿とは奈良、京都で続いた天皇家の歴史という重みによって創られた用語だ。明治政府は東京に移ったが、東京のある関東も「箱根の関(所)」の東という意味で、京都から見た視点で名付けられた地域であった。

天皇家が東京に転座して久しいが、「近畿」にはかつての国家観や歴史の記憶が残っている。

次回は関西について考察してみよう。


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