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弘前市の神社でゴミ拾いのためにゴミ拾いをした話

よく晴れた絶好のお出掛け日和だったので、こんな日は岩木山が綺麗に見えるだろうと思い、弘前の岩木山神社へ行った時のことです。

岩木山神社 第一の鳥居越しに見える岩木山

思った通り、この日は、弘前市内のどこからでも真っ白な雪を被った岩木山や八甲田の山々が素晴らしく綺麗に見えました(…と言いつつ、山がメインの写真は撮っていませんが😅)

小栗山神社 第一の鳥居越しに見える八甲田山

最高の景色を楽しみながらドライブをし、小栗山神社・高照神社経由で岩木山神社に着いて、特に変わったこともなく、いつも通り参拝を終え、来た道を帰っていくと…

第三の赤鳥居と第二の白鳥居の途中にポケットティッシュが落ちていました。行く時には確かになかったものです。

ゴミにしてはとっても綺麗な状態で、おそらく落としたて。でも、誰が落としたのかはわかりません。落とし主にとって「ゴミ」ではなく、大切に使っていたものを誤って落としてしまっただけの様子で、袋の中にまだ使えそうな状態の一枚のティッシュが残っていました。

でも、そこに落としたままにしておけば、そのうち踏まれて、紛れもなくゴミになるもの。
神様の領域にお邪魔させていただいたお礼に、拾って帰ることにしました。
後で捨てようと、とりあえず、来る途中で食べたチップスターの空き箱に入れておきました。


時間的にまだどこかに寄れそうでしたが、今回はナビの付いていない代車で来ていたので知らない場所へは行けません。綺麗な岩木山を見れて満足したので、帰ることにしました。

帰る途中、寄り道するつもりはなかったはずなのに、別に曲がらなくても良い道をどうしても左折したくなり左折。曲がれば知っている道に出るであろうところも、直進。
ナビがないので、自分でもどこに向かっているのかよくわかりません。それでも一切の迷いなく、適当に進んで行きました。

そうして、自分の意思とは関係のなく(❓)、直感に導かれるままに弘前の市街地を走って行くと、五重の塔で有名な最勝院の辺りに出ました。この辺りに関しては土地勘があり、道もわかります。
「最勝院か、そのお隣の八坂神社に寄れば良いのかな❓」と思い最勝院の入り口手前まで来ると、自分の中の何かが「今日はここではない」と言っています。

そこで初めて「…そういえば近くに、この間から気になっていた稲荷神社があった❗️」と思い出し、最勝院には行かずに新寺町稲荷神社に寄ってみることにしました。
車で移動したのでわかりませんが、最勝院から多分、徒歩5分程度の距離だと思います。

つがる市の高山稲荷神社のような規模ではありませんが、北東北ではあまり見かけない、鳥居が多い神社です。
こじんまりとした境内には古木が多く植えられており、そこに小鳥が集まってさえずる、とても居心地の良い空間でした。

新寺町稲荷神社 

参拝し終え、「来てみて良かった」と満たされた気分でたくさんの鳥居をくぐって、来た道を引き返して行くと、第一の鳥居を出てすぐのところ(境内の外)にまた、ゴミが落ちているではないですか‼️

今度は雪と泥でドロドロになった、触ればどうやっても手が汚れるであろう透明なお菓子か何かの包装の一部(「シュリンク包装」というらしい)。今度は明らかにゴミです。

直接ゴミに触らなくても済むような所持品は、今は手元にありません。代車で来ているので、車に戻ったところで、いつも車に入れてあるゴミ袋もなければ、手を拭くためのウェットティッシュもありません。
一度拾うのを躊躇したものの、「今日2回目、何か試されているのかも⁉️」と思い直し、素手で掴んで持ち帰ることにしました。

ゴミを持って歩きながら、先ほど岩木山神社で拾ったポケットティッシュが有効活用出来ることに気がつきました。

車に乗り込み、チップスターの空箱から捨てようと思っていたポケットティッシュを取り出して、汚れた手を拭くと同時にティッシュの空に拾ったばかりの汚れたゴミを包んで箱にしまい込み、帰路についたのでした。


「…だから何⁉️」「それがどうした⁉️」と思われるかもしれません😅

ゴミを拾った、それだけの話です。
ただ、最初に拾ったポケットティッシュは、すでに持ち主の手を離れてしまったゴミである反面、同時に、まだ捨てられる予定でなかった、最後まで大切に使わるはずだった落とし物でもありました。

稲荷神社のある新寺町の通りに面したどこかのお寺の門前に、ちょうど「空腹の人と空腹でない人の意見は違う」という言葉が掲示されていました。視点を変えると見える世界が変わってくる。つまりは、そういうことなのだと思います。

どうでも良い話ではあるのですが、私にとっては、大切に使われていたであろうものを、持ち主に代わって最後まで大切に使うことができたというだけで、少し良い事をしたような、前の持ち主の気持ちを無碍にせずに済んで救われたような、何とも言えない安堵感を覚えた出来事でした。

どちらの神社でも、ゴミを拾わず、見て見ぬ振りをして帰ることも出来ました。
直感ではなく理性に従って、知っている道だけを通っていたら、新寺町稲荷神社に辿り着かなかったかもしれません。
そこの道を通らなければ出会えなかった言葉に出会えました。

この些細な出来事の積み重ねにどんな意味があったのか、今はまだわかりません。
意味などないのかもしれません。
ただ、自分の利益にならない物をゴミと決めつけて見捨てるような人にはなりたくない。たとえ自分が満腹な時であろうとも、空腹の人の気持ちに寄り添える人でありたい。そういうことを再確認できた、意義深い1日でした。

神社への参拝を通してそれに気づくことができたということで、もしかしたら「あなたの生き方は間違っていないのだ」「そのままで良いのだ」と、神様からお墨付きをいただけたのかもしれません。

この先、ほんの少しの間だけでも、この日の出来事のおかげで「あの時、神社でゴミを拾ったのだから、大丈夫😁」と、前を向けそうな気がしています。


以上、弘前市に行って、ただ「ゴミ拾いのためにゴミ拾いをした」というだけのお話でした。

ちなみに、以前記事にした高照神社は、冬の厳しい時期を無事に乗り切れたようでした。といっても、神社の境内はまだまだ雪深く、雪が消えて初めて見えてくる問題もあるかもしれません。
随神門の屋根が以前よりも歪んでいる気もしないでもありませんが…

高照神社 随神門

春以降も神社の清掃等が企画されているようで、引き続き、地域外の人々も神社の支援に携わることが出来るようです。
高照神社運営検討委員会のブログに情報があがってくると思いますので、気になる方は時々確認してみてください。

※この記事投稿時には、まだブログにお手伝い募集の記事はあがっていませんでした。
賽銭箱の近くに、4月に清掃作業をする際のお手伝いを募集する等の情報が書かれたチラシが掲示されていたのですが、私の中で拝殿内部にあるものを近くから無断撮影するのはNGという認識があるため、写真は撮っておりません…


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