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わたしの原点は、あの「小さな家」だった


「お父さん、私も引っ越ししたい。大きな家に住んで、一人部屋がほしい」

そんなことをよく言っていた子どもの頃の私に、父は決まってこう返していた。

「狭いながらも楽しい我が家♪」

にこにこしながら、いつもその言葉で返す父に、少しモヤモヤしていた当時の私。

特に中学・高校生のころ、引っ越したい気持ちはピークに達していた。

友達の家には一人部屋があって、好きなポスターや雑貨でかわいく飾られている。
「いいなあ、うらやましいなあ」
遊びに行くたび、そう思っていた。

私にはそんな部屋がなかったので、友達を呼ぶときは急いで寝室を片付けて、なんとなく“自分の部屋”っぽく見せていたことを覚えている。



もし、母が元気でいてくれて――
もし、家族5人で暮らしていたならば。
引っ越していたかもしれない、と父からやんわり聞いたことがある。

そんな学生時代、母の代わりに家にいてくれたのは、父の母である、私の祖母だった。

祖母は、よくこんなふうに話してくれた。

「子どもたちは、いつか巣立っていく。
この家に最後まで残るのは、きっとお父さんだけになる。
だからね、ここがちょうどいいと思うんだよ。」


あの頃はなんとなく聞き流していたその言葉が、今では胸にじんわりと残っている。



そして時は流れ、私は自分たちの「我が家」をつくった。

家を建てるときに頭に浮かんできたのは、自分が生まれ育ったあの小さな家での暮らしだった。


記憶をたどると――


小さな寝室で、みんなで並んで寝っ転がっていた幼い頃。
真夏の夜、暑くて眠れない私たちを、母がうちわでやさしく仰いでくれていたこと。

リビングのテーブルに、手料理や手作りのキャンドルを並べて、曲を流しながらみんなで歌っていた夜のこと。
クリスマスには、家族5人がぎゅうぎゅうに肩を寄せ合いながら、笑顔で記念撮影をしたこと。

一人部屋がないから、いつもみんなリビングにいて、ずっと話が止まらなかった私たち姉妹。
そんな姿を見て祖母が、

「まるで小鳥たちが歌っているみたいだねぇ」

と、くしゃっとした笑顔で階段に腰かけて、そばにいてくれたこと。

思春期の頃は、距離が近すぎて、ちょっとしたことでぶつかることもあったけれど、こもる場所がないぶん、時間がたつと自然とまた話しはじめていたこと。
そして何もなかったかのように、いつもの日常に戻っていたこと。

あんなに広い家や一人部屋に憧れていたはずなのに。
不思議なもので、今思うと、あの距離感がいちばん心地よかったのだ。

まるで家族みんなが、ひとつの箱にすっぽりと入っているような。
そんな空間こそが、私の理想の「我が家」になっていた。



時々こんな想いが浮かんでくる。

もしタイムマシンがあったなら、もう一度、あの時のあの家に帰ってみたい。
小さな家のリビングで、家族みんなが肩を寄せ合っていた時間を、そっと覗いてみたいのだ。

みんなが近くにいたことは、実はとてもあたたかくて、幸せなことだった。
今になって、しみじみと、そう思えるようになった。



そんな、あのときの小さな家を思い描きながらつくったこの家は、
今では、誰かにとっての「帰る場所」になっている。

妹家族が帰省してきたり、父が仕事帰りにふらっと寄ったり。

子どもたちも、インターホンが鳴ると画面を見て「じいじ〜!」と玄関に走っていったり。

「〇〇ちゃんたち(いとこ)来るの〜?」と、数日前からそわそわしていたり。

そんな姿を見ると、
ああ、我が家をつくってよかったなあと、心がほっこりする。

私には、「みんなが集まって泊まれるような実家」というものがない。
でも、今のこの家が、そんな場所になっていること。
それが、何よりもあたたかく、嬉しい。



……とはいえ、ふとしたときに、こんな思いがよぎることもある。

「私にも、“帰れる実家”があったならな」 と。

妹たちは「姉ちゃんの家が実家みたい」と言ってくれる。

そんな風に想ってくれる家になっていることは、私にとって何より嬉しいこと。

でも同時に、
「私にも、実家のような帰る場所があったらな」と、ふと立ち止まり、なんとも言えない気持ちになることもある。

そんなとき、ある人が、こんな言葉をかけてくれた。

「妹さんたちにとっては、あなたの家が実家みたいになってると思う。
みんなが集まれるこのお家があって、本当によかった。
でも、あなた自身には“実家に帰ってゆっくりする”ってことがないでしょう?
だから、私の家をそう思って、いつでも来たらいいからね。頼っていいんだからね。」


その言葉が、胸の奥にぽっかりと空いていた場所を、そっと包んでくれた。
誰かにそう言ってもらえることが、こんなにも救いになるなんて、思ってもみなかった。



「帰りたい場所がある」
「帰れる場所がある」
そのことが、どれほど幸せなことか。

子どもの頃、父が言っていた
「狭いながらも楽しい我が家♪」という言葉は、
今、私にとっての原点であり、帰りたいと心から思える記憶なのだ。



これからも、自分の家族にとって。
そして、誰かにとっても――

「帰りたい」と思える陽だまりのような家を、そっと、あたため続けていきたい。

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