事変
──それは“いいね”から始まった。
スマホの通知が鳴った。
マッチングアプリからの知らせだった。
「いいね」が、ついたのだ。
しかも、まさかの──無精髭ポートレートで。
初のマッチング。奇跡だ。
俺はスマホを手に取り、画面を二度見し、ため息をついてから慎重に指を動かした。
「……これは、文章で勝ち取った可能性がある」
そう思った俺は、迷った末にオーソドックスな挨拶を選んだ。
あえての丁寧文。文豪風は封印した。
すると、返ってきたのは絵文字3つに1文字レベルの“超軽ノリ返信”。
『よろでぇーす🐱✨🌸笑笑』
これは……想定外。
無精髭ポートレートを見て、このテンションはなんだ?プロフィールは見たのか?
戸惑いながらも、おじさん構文と自虐を織り交ぜて返した。
──すると次の返信は、ガラリと変わっていた。
一文一文が丁寧で、絵文字もなく、内容は真面目そのもの。
何かが違う。
そう直感した俺は、
文章を削り、語尾を調整し、少しだけ呼吸を入れた誠意ある返信を送った。
まるで、告白文を書くかのように。
そして──その数分後、アプリ運営から通知が届く。
「マッチングした【○○】さんは、強制退会となりました。」
……………。
俺はスマホを置き、遠くの空を見つめた。
ジメジメとした、ぬるい風が吹いていた。
いや、俺の心に吹いたのはBANの風だった。
「何が悪かったんだろうな……」
そう呟いたが、心当たりは特にない。
誠意?不誠実?どちらも通じないまま、彼女はシステムの彼岸へと姿を消したのだ。
唯一残されたのは、
「よろでぇーす🐱✨🌸笑笑」
という言葉だけだった。
──まるで人生そのもののようだ。
この恋は、よろでぇーす🐱✨🌸笑笑 の一言と共に、成仏した。
合掌。次のマッチングに向かって、俺は今日もプロフィールを整える──たぶん。
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