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今朝、出したはずのもの【掌編】

「ああ、もうこれ以上しまえないわね」
押さえても押さえても浮き上がる。クローゼットは閉まらない。大きな塊をひとつ取り出す。黒い塊はふうわりと、ただよった。
 クローゼットを閉める。今度はぴったり閉じた。
「これでもう、今日はよく眠れそう」

******

 朝、スマートフォンのバイブで目が覚めた。五時半。
 クローゼットを開ける。ただよう黒い塊をすべて取り出す。浮き上がらぬよう、削りくずと一緒に袋に詰めた。外へ運び出す。決められた場所へ置くと、次の日には消えている。何往復かして、運びきった。
 部屋に戻り朝食をとった。皿を洗いながら、今日の予定を追いかける。このあとは、いつものカフェでコーヒーとパンケーキを。それからあの話題の映画を観て、その後はルミネのシークレットセール。いちど帰宅してメイクを直して、夜はまたあのロックバーへ行こう。このあいだの人、今日来るらしいから。また一緒に飲んで、そのあとは......。

 黒い塊がふうわりと、浮き上がる。とっさにカーテンを閉めた。
「ああ、また出てきたわね」
 
******

 終電で帰り、部屋に入る。ベッドに倒れ込む。ひやりとしたリネンはすぐに、ヌルい湿気を帯びてきた。あの六月の雨の匂いがする。
 手放し難い人。その腕の中で甘やかされた。毒と知ってもやめられない。
 菫色のパルフェ・タムールは晒し出す、『整うという歪み』を。捨てたはずの『依存したい心』を。

 菫色の塊がしっとりと浮かび上がり天井を覆い始めた。
「今朝捨てたばかりなのに。また、しまわないとね」

******

毎日削られるのです
冷たい水が足もとにいつもあって
真水の海の砂浜のような
意識は水のなかにある
その水に心だけが溺れていた
光はすぐそこにある
そこへ出られない
ここへ降りて、ここは檻で、
ここで澱となる
黒い澱
ひとり留め置かれる
すべて欠片が揃うまで
この詩は繰り返される
ひとり留め置かれる
黒い澱
ここで澱となる
ここへ降りて、ここは檻で、
そこへ出られない
光はすぐそこにある
その水に心だけが溺れていた
意識は水のなかにある
真水の海の砂浜のような
冷たい水が足もとにいつもあって
毎日削られるのです


©KYOKUYA

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