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『ゴールド ―境界の国―』第10話 『選ぶもの、守るもの ―君の声―』

『ゴールド ―境界の国―』

第10話 『選ぶもの、守るもの ―君の声―』


天衡舘の朝は静かだった。

天衡舘は、どこの国にも完全には属さない場所。

世界の境界に立ち、すべてを見守るために作られた。

ノアは呼び出され、最上階へ向かっていた。

高い窓から差し込む光が、白い床をゆっくり照らしている。

扉を開ける。

そこにはアトラスが立っていた。

窓の外を見ている。

昔と変わらない姿だった。

けれど、どこか少しだけ穏やかに見えた。

「来たか」

ノアは黙って隣へ立つ。

しばらく二人とも何も話さなかった。

静かな時間だった。

やがてアトラスが口を開く。

「私は、ゴールドを退く」

ノアは視線を向けた。

驚かなかった。

少し前から、そんな気がしていた。

「……ユリアさんですか」

アトラスは小さく笑う。

「隠していたつもりだったがな」

窓の向こうには月の国が見えていた。

銀色の光が、静かに揺れている。

「私は長い間、世界を見てきた」

「世界を支えることだけを考えていた」

「だが…。」

少しだけ言葉を止める。

「守りたいものができた」

ノアは黙って聞いていた。

「一人を守る人生も、悪くない」

ノアの頭に、今まで見てきた景色が浮かぶ。

レイとシェル。

生まれた子どもを抱きながら、本当は手放したくないと泣いていた二人。

ミレア。

誰かを想うことで、少しずつ笑顔が変わっていった。

月の国で出会った老人。

娘に会いたかったと、最後まで言っていた。

水の国。

炎の国。

森の国。

光の国。

月の国。

皆、違う場所で生きていた。

けれど同じだった。

皆、守りたいものがあった。

アトラスが静かに言う。

「ノア」

「今日からゴールド権限を継承する」

その瞬間だった。

館の中心にある記録石が淡く光り始める。

金色。

あの日見た、自分の色。

境界の色。

「君なら何を選ぶ」

ノアは少しだけ考えた。

長い時間ではなかった。

答えは、もう決まっていた。

「最初の命令を出します」

アトラスは黙って聞いていた。

ノアは真っ直ぐ前を向く。

そして言った。

「子どもは、親が育てる」

空気が静かに止まった。

「十五の儀式は残します」

「二十の儀式も残します」

「適性も、役割も否定しません」

「でも」

ノアは続けた。

「生き方は、自分で選べるべきです」

沈黙。

しばらくして、アトラスが小さく笑った。

「……そうか」

それだけだった。

それで十分だった。

ただひとつ。

「これから、教育が行き届かない部分も出てくると予測されます。」

「あなたには、ゴールド特別契約顧問としての役職をお願いしたい。
時々でいい。重要なときに、ゴールドにいてほしいと考えています。」

「ご無理だけはなさらぬよう」


十五年後。

天衡舘。

十五の儀式が行われていた。

ノアは上段の記録席から静かに見ていた。

親に育てられた最初の世代。

昔とは少し違う空気だった。

笑っている者。

緊張している者。

親へ手を振る者。

そんな景色を見ていると、不思議な気持ちになった。

昔、自分たちにはなかった景色だった。

そして、一人の少女が石へ手を伸ばした。

触れた瞬間だった。

記録石が揺れる。

白。

銀。

淡い金。

色が定まらない。

館内がざわついた。

ピー。ピー。

記録装置が止まり、再起動する。

ノアは静かに立ち上がる。

昔、自分がいた場所だった。

やがて記録板に文字が浮かんだ。

【判定不能】

ノアは静かに笑った。

「……なるほど」



二十の儀式が行われていた。

親に育てられた最初の世代が本配属となる。

パン屋の前を、子どもたちが走っていた。

笑い声が風に混ざっている。

誰かが転ぶ。

誰かが泣く。

誰かが笑う。

昔、この街に子どもはいなかった。

今は違う。

その声は街中に溢れていた。

老婆が、孫の手を握りしめパンを選んでいる。

ーパン屋ー

「幸せそうだな」

ノアはそう呟きながら、少し笑った。

その時だった。

「ノア様!」

振り返る。

少女が立っていた。

長い髪が風に揺れている。

胸元には、小さな金色の紋章。

「本日から配属になりました」

少女は笑った。

「カレナです」

「ゴールド補助官兼、総合観測補佐です」

ノアは数秒黙った。

「……聞いてない」

「今、言いました」

「アトラス様から、バッジいただきましたぁ。」

その後から、使いの者が走ってきた。

「カレナ様、勝手な外出はなりませぬ。ノア様。カレナ様は、行動的で宜しいのですが、些かお約束をお守り下さりません」

「ノア様に、ご挨拶がしたかったのです」

「カレナ様。お戻り下さい」

親に育てられた最初の世代には、新しい教育期間が設けられていた。

ノアが作った、新しいゴールド教育制度だった。

「私はもう少し、街を見てから帰る」

「ノア様、かしこまりました。カレナ様いかが致しますか?」

「あぁ。いい。一緒に連れて帰る」

「わぁい。パン屋見ていってもいいの?」

「カレナ様…。」

使いの者は、困った顔を隠せずに帰っていった。


その帰り道だった。

後ろから懐かしい声がする。

「おーい!」

レイだった。

隣にはシェルもいる。

二人とも、少し年を重ねていた。

「そういえば」

シェルがカレナを見た。

「あなた、自分の名前の意味知ってる?」

カレナは首を傾げる。

「その名前ノアがつけたんだよ」

空気が止まった。

カレナはゆっくりノアを見る。

「……え?」

「待て」

「なんで言うんだ」

レイが笑う。

シェルも珍しく笑っていた。

カレナは静かに笑った。

「え!意味知りたい!その前に、どうして、ノア様を知っているの?」

4人でいる時はノアは無邪気に笑う。

風が吹いた。

子どもたちの笑い声が聞こえる。

誰かが誰かを想い、名前を呼んでいる。

「カレナ」

その名前は、ノアがつけた。

かつて世界の境界に立っていた者が。

誰にも正式名を与えられなかった者が。

今度は誰かへ、名前を贈った。

カレナ

古い言い伝えがある。

ーカレナー

月の国に古くから伝わる言葉で、光を繋ぐ者。

どこにも完全には属さず、それでも誰かと誰かを結び続ける者。

ノアは、その願いを込めて名前を付けた。

境界に立つ者は、光を選ぶのではなく、光を繋ぐのだと。


ゴールド。

森、水、炎、月、光。

どこにも属さず、すべてを見てきた者。


ノアは願った。

誰かを分ける存在ではなく。

誰かと誰かを繋げる存在になってほしいと。

その想いを込めて、ノアは名前を付けた。

「カレナ」と。


風が吹く。

子どもたちの笑い声が、街へ響いていた。

「ノアさまぁ〜!」

前を走るカレナが、大きく手を振る。

ノアは少しだけ目を細めた。

あの、生まれたばかりの子どもを抱いていた日を思い出す。


あの日、小さな手が掴んだものは、 指先ではなく未来だった。

白い布。

小さな手。

自分の指へ、そっと伸びてきた、小さな指先。

柔らかくて、壊れてしまいそうな手だった。

なぜか、その温もりだけは今でも覚えている。

あの時は分からなかった。

けれど今なら少しだけ分かる気がした。

守りたいと思う気持ちは、きっとあの頃から始まっていたのかもしれない。

どこにも属さず。

何者でもなかった。

バッジを受け取ったと聞いた時も、まだ実感はなかった。

けれど今、こうして前を歩く姿を見ていると、少しだけ分かった気がした。

自分が名前を付けた子がいる。

小さくて、泣いていた。

今、ここに守りたい景色がある。

境界に立つ者は、光を選ぶのではない。

光を繋ぐのだ。

ノアは小さく笑った。

そうか。

あの小さな命は……。

自分が名前を贈った子は……。

ゴールドだった。


カレナ。


君は……ゴールドだったんだ。


空の向こうで、朝の光が静かに広がっていた。




ゴールドー境界の国ー





 ──未来へ繋ぐ君の声──



(第10話 終)





『ゴールド ―境界の国―』静かな城。残る音。

境界の国

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noterゆらり(ゴールド|境界の国)


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