「リーガルテック元年」から5年──見えてきた日本契約実務特有の障壁と限界
2020年、「リーガルテック元年」と呼ばれた年から、はや5年が経ちました。
この5年間で、私たちを取り巻く法務・契約業務の風景は一変したかのように見えます。
AIによる契約書レビュー、CLM(Contract Lifecycle Management)の導入、そして電子契約プラットフォームの拡充等──日本でも、諸外国に続くかたちでこれらのソリューションが次々と導入されてきました。
しかし、いま、あえて
「この5年で、日本の契約実務は本当に変わったのか?」と問いたいと思います。
私の答えは、NOです。
表層の変化と、本質的な「面倒さ」の継続
もちろん、変化がなかったとは言いません。紙の契約書はクラウドで管理されるようになり、AIによるレビューは数秒で完了することもあります。契約締結までのスピードが上がったと評価される場面もあるでしょう。
しかし──
契約業務フロー全体に何か変化があったか?
組織としての意思決定の質やスピードは?
信頼の築き方はどうでしょうか?
むしろ、多くの実務家・法務担当者の方々は、
「多少は便利になった。でも本質的には、まだ面倒なままだ」という感想ではないでしょうか。
この5年で浮き彫りになった「3つのずれ」
私自身がこの5年間で特に強く実感したのは、日本の契約実務とテクノロジーとの間に生じた、いくつかの本質的な「ずれ」の存在です。
大きく分けると、それは以下の3点に集約されます。
1. 米国型リーガルテック思想を、そのまま持ち込んだこと
日本固有の商習慣や意思決定プロセスを無視し、欧米の先行モデルを参照しすぎたことで、「テクノロジードリブン・表面的な便利さ」ばかりが先行し、根本的な課題にアプローチできていない。それが、最初の大きなずれです。
2. 「空気が支配する」契約文化とテクノロジーのすれ違い
契約実務における「合理性」と「形式知」を前提にした技術導入は、日本企業特有の空気や人間関係、商慣習・契約文化と噛み合わなかった。そこには、日本契約実務への配慮の欠如がありました。
3. 契約実務の「最もボリュームゾーン」への無策
契約書の中でも、テンプレートで処理できるほど単純ではなく、かといって専門家が常に張りつくほどでもない──最もボリュームがある、中間的な難易度の契約群が、最も煩雑で処理の手間がかかるにも関わらず、適切に対応されていない現状があります。
詳細を順に見ていきたいと思います。
米国型リーガルテックの思想──「正解の契約書」を「正しく管理する」ことを求める世界
米国型のリーガルテックは、非常に明確な思想に基づいて発展してきました。
契約書は「合意の完全な記録」であり、理想的なフォーマットが存在する
契約業務はテンプレート化・リスク検知・ライフサイクル管理によって最適化できる
合理性・再現性・透明性が重視され、定量的評価が可能な構造が設計されている
この考え方のもと、契約は「生成と管理の対象」としてAIやデータベースと親和性の高いものとして扱われてきました。
では、なぜ日本ではフィットしなかったのか?
理由は明快です。
日本の契約文化は、「正解の契約書」ではなく、「関係性の中で育まれた合意」を重視するからです。
日本の契約実務の特徴:
合意形成は稟議・口頭・メールで実質的に完了している
契約書は交渉の終着点ではなく、信頼確認の儀式・手続に近い
書かれていない「行間」や「例外」がしばしば意思決定を支配する
文書以上に、人・組織・経緯が契約の意味を決定づける
こうした文脈においては、ときに条文以上に、文脈・判断の積み重ね・信頼の痕跡のほうが重要になります。

「空気」が支配する契約文化と、AIのすれ違い
繰り返しになりますが、日本の契約業務は、暗黙の了解や組織特有の意思決定、経験則といった「空気」によって動いている部分が大きいです。
しかし、少なくともこれまでAIにはこれらの「空気」が読めませんでした。
米国型CLMは、形式知の管理には長けているものの、「なぜそうなったか」という判断の背景や流れがブラックボックスのままでは、実務に役立てるのが難しかったのです。
日本実務の「中間ゾーン」という沼地
また、契約DXの取り組みを大きく前進させるためには、多くの企業で最もボリュームゾーンとして存在する、「中間ゾーン」の契約書群です。
利用規約や約款、現場の一部の修正だけでほとんどテンプレートで締結できる契約書と、非常に個別性が高く、かつリスクマネジメントが重要になる高度な契約書の間に存在する契約書の類型です。
この中間ゾーンの特徴:
個社ごとに微妙なカスタマイズが求められる
リスクは高くないが、手続き的には無視できない
一部条文の修正・追記・削除などが必要
決して自動化だけでは処理できない
この領域は、AIによる完全自動化も、完全人力も適さないグレーゾーンであり、DXの効率化を妨げる最大のボトルネックとなっています。
参考〜米国でさえ、CLMの本格活用はまだ
WorldCCが2023年に世界756社を対象に行った調査でも、CLMは多くの場合、契約書の保管・検索レベルにとどまり、AI活用や戦略的分析には結びついていないという現状が明らかになりました。
ITリテラシーの高い米国ですら、CLMの高度活用が難しい。
それを、日本の“中間ゾーン”の課題解決策として位置付けることの正しさを、私たちは今一度問い直す必要があるのではないでしょうか。

私たちが信じる「圧倒的顧客理解」
Hubbleが一貫して大切にしてきたのは、「圧倒的顧客理解」です。
現場のリアルに深く根ざし、日本の契約実務のあり方と本質的に向き合うこと。
だからこそ、私たちは「契約をコミュニケーションの流れとして捉える」という視点を持ち、米国型思想に違和感を覚えながらも、自分たちなりの道を歩んできました。
私たちの選択──「空気を排除する」のではなく、「構造として扱う」
実は私たちは、これまでも契約業務を書面管理の問題としてではなく、社内外の合意プロセスそのものとして捉えてきました。
そして、米国型のCLMとは異なるアプローチとして、
「Contract Communication System(契約コミュニケーションシステム)」としてとらえてきました。
(CLMという名称が一定のカテゴリとして認識されるようになった段階では、その機能を有するという意味で、CLMと呼んでいます)
契約書の作成・レビューだけでなく、社内外のやりとり
判断根拠、稟議の流れ、意思決定の履歴
これらすべてを「契約の一部」として記録・可視化・蓄積していく仕組みです。このアプローチがいま、いかに本質的なアプローチであったか、確信に変わりました。
そして、2025年──Contract Flow Agent(CFA)の誕生
2024年末。
私たちは、日本の契約実務に対する本質的なソリューションの再定義として「AI Agent構想」の検討に入りました。
そして2025年7月、ついに「Contract Flow Agent(CFA)」を発表します。
契約書単体ではなく、
稟議・過去の交渉履歴・意思決定の流れを読み解く
合意プロセスの文脈を理解し、
契約業務そのものを前進させる
日本型の契約文化に即した“空気を読みながら手続を簡素化する”構造を、AIに実装すること。
それがCFAの使命です。

Contract Flow Agentとは?
Contract Flow Agent(CFA)は、契約の“流れ”と“背景”を理解し、コンテキストに即した判断・助言を行うAIです。
契約交渉や修正履歴を読み解き、前後関係をふまえた提案が可能
条文の表現だけでなく、「なぜこうなったのか」まで説明できる
過去の判断パターンを学習し、暗黙知の形式知化を自動で行う

Why Hubble?
上記の通り、これまで一貫して契約プロセス・合意プロセスの可視化を目指し、プロダクト設計を行ってきました。これは単純な機能の違いではなく、プロダクト思想の違い・哲学の違いだと思います。
その結果、Hubbleは企業内の意思決定プロセス、組織内の誰がどんな背景でどんな意思決定をし、どういう経緯で契約締結に至ったのか、これらを可視化することができています。
この文脈=コンテキストデータ保有の基盤こそ、これからのAI時代に必要なデータ基盤です。

日本の契約文化に根ざした、次の5年を変えるAI
契約書とは、単なる書面の取り交わしではなく、信頼の制度化と捉えています。
私たちは、契約の周辺にある「空気」や「背景」を含めて構造化し、AIに学ばせることを選びました。これが契約業務を加速化させます。
現在の日本企業は、複雑で非効率的な社内の意思決定プロセスや契約プロセスに悩まされており、その遅滞がビジネスの成長を阻んでいます。特に、労働人口の減少という厳しい現実を迎えている今、従来の方法ではますます競争に取り残されるでしょう。
私たちは、まず社内の契約プロセスを円滑化し、迅速な意思決定ができる基盤を整えることで、組織全体のスピードを劇的に向上させます。これからは、企業間の交渉や意思決定プロセスもスムーズに進め、日本のビジネス全体の決断力を強化していく必要があります。労働力が減少しても、スピードを武器に国際競争で勝ち抜く社会は実現可能だと信じています。契約プロセスの改革というアプローチは、まだ多くの人が気づいていない可能性を秘めていますが、それは大きな市場に影響を与え、業界全体に変革をもたらす挑戦です。
Contract Flow Agent──日本契約実務で使われるAIの登場が、次の5年を変えます。
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