人間も「自然のサイクルの一部である」と知れば、人生を俯瞰で捉えられる
noteを始めて、色々な方の人生について深く考えるようになった。
いきなりその人が目の前に現れたのではなく、それまでの歴史が連綿とつながっている。そこには喜びや悲しみなど、たくさんの感情が詰まっているのだ。当人の歩んできた道以外に、祖先から受け継いだものもある。
過去とのつながりを想像すると尊い気持ちになる。
僕がnoteを始めたのは、大きな悲しみを自分で癒したいと思ったのがきっかけだ。
自分の無価値観に苦しむ人が近くにおり、彼は反動として絶えず自分の価値を確かめようと人をしばしば見下した。その卑劣な行為は、僕を深く傷つけた。
今ならわかるが、僕も優劣の世界で生きていたので、競合的態度で彼と競り合いお互いをすり減らしていたのだ。悔しくてつい心無い言葉を吐く自分が大嫌いで、懊悩の真っただ中にいた僕は、闇の中で書くことに救いを求めた。
何に傷ついていたかは、最初に書いたkindle書籍2冊を読んでいただけると、おわかりになるはずだ。
いろいろな本をむさぼり読んだのだが、無常観という概念が心にしみた。
平家物語の一節のように、勝ち誇っている人も、いずれ必ず滅びるし、すべては風の前の塵のようなもの。このマクロな視点に立つと、霊長類と自らを定義した人間も、大したことがない存在だとわかる。
あなたも僕も浮いては沈み、沈んでは浮き一定のサイクルを繰り返して、いずれ消滅する。それは悲しいことではなく、自然の一部という証明に他ならない。
自然の流れに逆らうと苦しくなり、抗わずに身を委ねると楽になる。地球で暮らしている以上、我々は自然を構成する要素のひとつでしかないのだ。
そう考えると気楽な気持ちにならないだろうか。
精神科医の斎藤茂太さんが「楽観的になりたいなら、客観的になること」と言ったが、そのとおり。
主観的になるから、つらいのである。
あなたという器が消え去るとき、あなたの悩みも一緒に塵と消える。それは救済なのかもしれない。
だから日々、与えられた命を全うする。
ただそれだけでいい。
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