見出し画像

生きている意味―人と人との関わりからの贈り物


私が生きている意味なんてあるの?

 「こんな境遇では生きている甲斐がない。先生、私が生きている意味なんてあるの?」日々投げかけられる苦悩の疑問である。私達はリハビリテーションを通じて社会参加を目指している。この問いかけに応えられるのだろうか。

成功すればハッピーになれる?〜矢沢永吉氏

 かのスーパースター永ちゃんこと矢沢永吉氏は18歳で上京し、「成功すればハッピーになれる。」と信じ頑張った。わずか10年にして大成功を手にした27歳の若きスーパースターはしかし、天を仰ぐ。「神様、成功したらハッピーにしてくれるって言ったじゃない・・・(永ちゃんの声音で読んでね)。」。望むものすべてを手に入れたスーパースター矢沢氏は、しかし最も望んだハッピーを手に入れられなかった。矢沢氏は幸せについて考えるようになったという。成功を手にするのは幸せへの道ではない、ハッピーへのレールは別にあると*。

次々と”足りないも”のを探し続ける私達

 私達は、なにか足りないものを設定し、それさえ手にすればハッピーになれると考えがちだ。今、ハッピーでないのは、それが足りないせいだ、お金されあれば、愛さえあれば、健康さえ取り戻せば。たしかにそれを手に入れるとしばらくは満足するのかもしれないが、やがて、また別の何かが足りない、ハッピーになれないと言い始めるのが私達人間というものではないか。いや、むしろ常に次から次へと足りないものを探し続けているのではないか。それでは永遠にハッピーには到達できそうもないことを、矢沢氏のエピソードが物語っているようだ。
 私達は、足りないものを追い求める限りハッピーにはなれないのだろう。足りないものを手に入れただけでは充足できない。足りないものを手にできるか否かは、ハッピーの本質ではない。別のところにあるのだ。

メダル獲得の意味〜福原愛氏

 今は引退されたが、卓球の福原愛氏のテレビニュースのインタビューを見たことがある。この方は幼い頃からマスコミで取り上げられていたこともあり、日本中がまるで我が子や孫のような気持ちで応援したから、常に大きなプレッシャーにさらされていたことだろう。オリンピックへの出場も当然とみなされ、出場すればメダルを期待される。福原氏にとってオリンピックのメダルはどうしても手に入れなければならないものだったのではないかと想像する。
 福原氏がオリンピック北京大会の表彰台で初めてメダルを授与された際、それはこの上ない喜びであったそうだ。ただ、メダルを獲得した喜びは一過性のものだったらしい。もらった瞬間だけの刹那的な喜びってことだろうか。切望したメダル、嬉しくなかったのですか?メダル穫ったことに意味はなかったの?思わず尋ねたくなるが、メダル獲得そのものとは異なる喜びがあったのだそうだ。

喜んでくれる人がいること

 メダルを見た人たちが喜んでくれること、メダルを獲ったことを喜んでくれる人が大勢いること、それが彼女にとっての本当の喜びの実感であり、また、一過性ではなく以降の人生でずっと感じられる喜びだったのだ。それがメダル獲得の意味であり、福原氏にとってのハッピーだったのではないか。

あさくらみなみの"贈り物"

 あさくらみなみ(もちろん仮名に決まってます)は交通事故に遭い頭部外傷を負ったが、奇跡的に一命をとりとめた。麻痺などの四肢身体の不自由もなかったが、脳損傷の後遺症として重篤な記憶障害が残った。日常生活の動作自体には困らないものの、記憶障害のために日々の生活には大きな支障がある。大変な境遇であるのは言うまでもない。
 それでも、あさくらみなみはリハビリに取り組み、しばらくして自宅近くの施設に通えるまでになった。ごく重篤な症状であるにもかかわらずめげずに訓練に励めたのは、本人の明るく前向きな性格もプラスに働いたし、またその性格を醸成したであろうお母さんの前向きな支えがあったことも、彼女の施設通所という形での社会参加(復帰)への大きな力になったことをいい添えておくべきだろう。
 かように明るく前向きなあさくらみなみは、寡黙というよりはどちらかといえば賑やかな方である。定期診察の際、施設通所はどうかと尋ねれば、「楽しいでかんわ、先生。」と当地の言葉で満面の笑みを浮かべて答えてくれる。とっても楽しいよってことだ。通所先の施設は、利用者の多くの障害特性から比較的静か、会話が少ない環境であったらしい。
 そこへこの明るく前向きな彼女が登場した。屈託なく誰彼なく話しかけるあさくらみなみに、物静かな利用者の多くはやや困惑したようだ。むやみに声をかけられ迷惑に思った利用者もいたかもしれない。
 この”異端”の利用者の登場はしかし、施設に若干の変化をもたらした。声をかけられ彼女の相手をすることになった利用者たち、それをきっかけに利用者同士の会話もまた少しづつ増えたというのだ。あさくらみなみが通うようになって施設の雰囲気が明るくなったと施設では捉えていたと聞く。
 あさくらみなみは大きな事故で死線をさまよったが、生き残り、いま、ここに生存している。彼女は本人と家族と支援者の前向きな努力により、施設という居場所を得た。施設に通うことは彼女にとってとても楽しくハッピーなのである。施設は彼女にハッピーをプレゼントしてくれたと言ってよい。一方、彼女の存在は施設を少しだけ明るく変えた。あさくらみなみが事故を生き延びてここにいるそのことが、施設利用者と職員に、ささやかな贈り物をしたのである。あさくらみなみが生きていて、本当に良かったと思う。

”ありがとう”の意味するところ

 私達医療福祉従事者にとっての報酬は何だろう。もちろん生計を立てるために仕事についているわけだが、少なくとも意識の上では賃金は働いた結果として事後的についてくるものであって、いま、目の前にいる患者利用者が札束に見えているわけではなかろう。おそらく、この業界で働く大半の者にとっての最高の報酬は、「ありがとう。」の一言であると断定してしまっても強硬な反論はないのではないか。
 患者利用者からの”ありがとう”は感謝の気持ちの表れであることは言を俟たないが、その感謝とは一体なんだろう。ごくごく一般化して言えば、「あなたのおかげで、私は今、こうして生きていられます、ありがとう。」という気持ちだろうか。これは突き詰めれば、私の存在はあなたがこの世界に存在することによって支えられている、あなたの存在が必須であるという言明にほかならない。つまり、(患者利用者からの)「ありがとう。」の一言が、”あなた”(支援者)がこの世界に存在して生きていることの意味を、高らかに宣言しているのである。

”他者”からの”贈り物”としての生きている意味

 ここで明らかになったことは、生きている意味は他者から与えられる贈り物だということだ。他者からの贈り物としてたち現れるのが生きている意味なのであれば、自分自身の中をいくら探しても、生きている意味を見つけられないのは道理である。だから自分探しの旅で生きている意味を見つけ出すのは難しい。フィレンツェの眺めのいい部屋を訪れようが、名古屋の長めの鰻の寝床にくすぶっていようが、どこいても、自分の中だけを探求している限り、生きている意味に出会うのは難しいのではないか。
 自分という単独の存在から生の意味を想起することは難しい。私達が、”生きている意味”と出会うためには、他者との関わりが必須なのである。

トレードではない

 このように書いてしまうと、誤解を招くかもしれない。生きる意味は、自ら他者に働きかけ、主体的・意識的に、他者に喜ばれる何かを贈ることにより、その見返りとしてもたらされるのであると。つまり1対1のトレードで手に入れるものだと。そうではない。取引ではないのだ。

ただ生きてそこにいること

 あさくらみなみは施設の利用者や職員に対して、なにか良いことをしてあげようと意識的に行動したわけではない。まして見返りを期待するなど全く念頭になかったろう。彼女は、ただ、生きてそこにいた、それだけだ。その事実が周囲の人達にささやかではあるが、ハピネスというプレゼントになった。あさくらみなみが事故を生き延びて、この世界に存在している、その事自体に意味がある。「ありがとう。」はその意味を世界(あなた)に示す表象だ。意味そのものではないし、見返りでもない。だから1対1の取引ではないというのである。

生きていること自体に意味がある

 映画評論家界の奥崎謙三(!)こと町山智浩氏は映画「素晴らしき哉、人生!」について「人間生きてるだけで絶対にその人が生まれただけで、誰かを幸せにしている。」と解説されている。これは映画についての言葉であるが、同時に町山先生の実感であろうと想像する。なぜなら筆者も同感だからだ。筆者は町山先生と同世代、ほぼ同年齢。暦が一回りするくらい生きてくると、まあ、様々な経験をする。その経験からくる実感、いや、体感といったほうがいいか。
 別項にも書いたが、宇宙138億年の歴史の中で生命が存在すること、”わたし”が存在することは奇跡的な偶然の積み重なりの結果であり、”わたし”の存在そのものがこの上なく貴重なのだ。生きてここに存在すること自体が生きていることの意味だと言えよう。ただ、それは自分独りだけで思い悩んでいても、なかなかわかりにくいだろうと思う。

自立と孤立

 特に若い方に多い印象があるのだけれど、自立のために支援を受けるプランを提案すると、拒絶する方が散見される。支援を受けるという事実を容認できないというのが彼らに共通した理由らしい。曰く「支援を受けていたら自立とは言えない。」「他者の助けを借りずに、独りで生きていけるようになるべきだ(助けを借りてはいけない)。」。おいおい、ちょっと待てよ、それはいくらなんでも極論だろううと、老人はびっくりしてしまうのだが、若い彼らにとっては生まれたときからずっと、世界的な新自由主義的な思潮の中で、自己責任論が空気のように当たり前になってしまっているのかもしれない。老人はこう返す。「それは孤立じゃないかな。」。孤立が悪いというわけではない。孤立にいいも悪いもない。孤立というだけのことだが、それはここで言う自立とは異なる概念だ。

ネットワークの中にこそ

 人は独りでは生きていくことができない。朝起きてから寝るまで、誰かが作ったものを食べ、誰かが作ったものを着て、誰かが作った家に住んでいる。人は社会というネットワークを形成し、その中で相互に助け合いながら、地球上の過酷な生存競争を生き延びてきた。このようなネットワークの機能を活用することが私達人類の生存戦略なのである。である以上、社会の中で自立して生きていく人間とは、ネットワークの機能を上手に使いこなしていく力、つまり他者の助けを借りながら生きていくことにほかならない。
 件の若者たちの場合、支援を受けること、助けられることを、施しをされるように感じているのかもしれない。屈辱と捉えているのかもしれないが、支援を受けることは一方通行の施しでは断じてない。助けられる者の存在は必然的に助ける者の存在を要請する。助けられる者は助ける者に存在する意味を与えているのである。
 私達はこのようなネットワークの中に生きているのであり、ネットワークの相互作用の中ではそれぞれの成員の役割は必ずしも固定していない。助ける者が助けられる者になりうるし、助けられた者がはからずも誰かを助けることになってもおかしくない。誰かが誰かを助け、助けられた誰かがまた別の誰かを助け、まわりまわって、最初に助けた誰かがまた、誰かに助けられる。それが人類が形成したネットワークとしての社会なのだから。若者よ、孤立せず、ネットワークの中で自立を目指そう。

"生きている意味"を取り戻す

 生きている意味は、私達が社会というのネットワークの中にいて、その相互作用の結果として他者から贈られる形で生起する。他者と断絶していたら、生きる意味を贈られる機会を持つことはできない。社会参加などと大層な言葉遣いで語られるけれど、要は孤立せずに他者との関わりを持てることが生きている意味を享受できる道といえるだろう。その関わり方は、人それぞれ。必ずしも狭義の”社会参加”である必要はない。就労、施設入所、あるいは引きこもり状態、置かれた状況は様々であろうが、それぞれの状況のもとでの、”人との関わり”方があるはずだ。
 私達が日々取り組んでいる社会と関わっていくためのリハビリテーションとは、一度失われてしまった”生きている意味”をもう一度、取り戻すことにほかならない。

*植島啓司
『偶然のチカラ』集英社新書 2007
『生きるチカラ』集英社新書 2010
highly recommended

#生きている意味
#生きづらさ
#足りないもの探し
#ハピネス
#ハッピー
#ありがとう
#他者
#贈り物
#ただ生きてそこにいること
#自立
#自立と孤立
#ネットワーク
#独りでは生きられない
#承認
#自分探し
#奇跡的存在