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【自己アウトプット】自己紹介:RUNTEQ71期ぺー

〜49期として入学した私が71期に転生した話〜


「なんかこいつ昔Twitterで見たことある気がするぞ」
「入学したばっかりやのになんでTwitter400人も繋がっとるんや…?」

そう思われた方居ませんか。

実は49期として1度入学しています(   ˙-˙   )

”ペー”とはどんな人間で、
なぜ当時は卒業せず離脱したのか、なぜまた71期として入学しているのか。
今回はそんな話が出来たらと思います。

*全て読むと長いので気になるところだけでも見てください🌻
 でも・・・・・
 全て読んでいただければ ”よく喋る謎の関西人master” になれます!


☀️プロフィール

基本的な情報

【名前】ぺー   (会社でも、友人からもペーちゃんと呼ばれています)
年齢】27歳  (8月に28歳になります)
出身】神戸  (関西弁でよー喋る人がいたら私かも)
学習スタイル】
・現在:仕事と両立 (引き継ぎに入っているので比較的時間が取れます)
・8月〜:フルコミ(退職前の有給消化に入ります)
※家庭事情で9月末までは神戸と奈良を行き来するので学習に時間さけるようになるのは10月からかも

性格

MBTI診断、受けたことはありますか?
私は仕事柄何度か受けていますが、毎回”INTJ”と診断されます。

思考合理性実用性大好き!” ”「なぜ?」の探究が大好き!”
な点が特に「私っぽい」と思いますし、
実際に直属の上司からも合理的なところやデータ分析、改善力を評価していただくことが多いです💻
(「それってなんで何ですか?」とよく聞きますが純粋な興味です。詰めてないので安心してください。)

一方で、祖父母と3世帯で住み介護を何度か経験したことや、
アルバイトなどの色々な経験を経て、幸い周囲とのコミュニケーションは積極的に取ろうと頑張るタイプになりました。
そのため周囲からは「コミュ力が高い」「面倒見がいい」と言っていただけることも多く、リーダーも任されがちです。

本質としては、人の話を聞いたり学んだことを自分の中で咀嚼するのが好きで、人前で発言するのは得意ではなかったりする(めちゃくちゃ緊張する)ので、空回りすることもあるかもしれません。
「頑張ってんねんな〜」と、暖かく見守ってください👀

趣味

「何でも好き」です🙌
一人で黙々と何かをすることも、人となにかするのも好きなので
時間さえあればとりあえず何でもやってみるタイプです。
”何をするか”も大事ですが、
”誰とするか”の人軸に依存することは多いかもしれません。

〜やってみて”特に”良かったこと〜

・音楽:
  幼少期からピアノ、小学5年生からフルートを習っていました
・作る:
  梅酒、編み物、木彫り、簡単なイラストを描く、ちょっとしたDIY、
  プラモデル、パン作り、Excelで日常管理
・スポーツ:
 登山、ランニング (父の勤め先の方とマラソン出場)、サッカー観戦
・オンラインゲーム:
 FPS、農業や工場を作るゲーム(Excelで効率管理してました)、Switch
・観る:
  映画、水族館、科学技術博物館
・食べる・飲む:
  プリン(1日の最高摂取量2.5ℓ)、二郎系ラーメン、お酒全般

最近は仕事の時間がほとんどを占めており引きこもっていたので
退職したらまずはお散歩に出ようと思っています🚶‍♀️

☀️学生時代


高校では普通科の学習+教職の学習

中学時代生徒会風紀委員長をする中で、何かを改善をしたり、人と向き合うことへの興味が強まりました。

今まで音楽しかしてこなかった自分は音楽高校へ行くことも考えていましたが、「他にも興味を持てることが出てくるかもしれないから今から可能性を狭めては勿体ない」と思い、普通科への進学を決意。

自身の学力に合う学校の中で、
普通科の授業に加えて教育学の座学や模擬授業、小中学校への教育実習、卒業論文といったカリキュラムを受けられる学校へ入学しました。

教員になりたい想いは入学当初から無かったものの、
人の理解度に合わせて話す、相手の背景を理解しようと努める といった姿勢が身につき、
音楽のプロになる道以外にも視野を広げるキッカケになったと思います。


大学では社会福祉を専攻

高校生の頃からIT業界への憧れがありましたが
当時(私の認識が浅かっただけかもしれません)「IT=東京転勤あり」「ハードワークで夜勤もある」「男性社会」とよく耳にしていました。

3世帯で住み介護の一部を担っていたことや、身内の病気なども重なり、
関西から離れることが難しい状況であったこと。
また、そういった病気を「理解をしてサポートしてあげたい」という気持ちから、情報系ではなく社会福祉を専攻するという選択をしました。

ペーさん無限社畜編Part1

「大学は勉強頑張って、安定した仕事で周りを支えるぞ!」
そんな私に1つ目の転機が訪れます。

マクドナルドでのアルバイトです。
マックじゃないですマクドです。テストに出ます。)

人の役に立つことや喜んでもらえることがモチベーションだったので
「目の前のお客様に喜んでもらえる接客を極めるぞ!」と
大学の授業外の時間のほとんどをアルバイトに費やしていました。

年に1度行われる大会では兵庫県2位になりました

日々自身の接客スキル向上に勤しむ中、
とある常連のお客様からこんなことを言われます。

「この間ペーちゃんが居なかったからこの店使うの辞めたんよ〜」

この時、「努力が報われた!頑張って良かった!」という気持ちよりも
「私が居らんなったら(就職)このお客様はうちの店舗を使ってくれんくなる・・・どないかせなあかん!」という気持ちが大きかったです。

そのことをきっかけに、店舗人事周りの対応に手を挙げ、
店舗に届くお客様からのクレームなどの改善のための教育や、育成計画作成を行い、店舗の顧客満足度向上や、留学生スタッフの離職率を削減。

この経験から「働くって楽しい!」「間接的にでも課題解決を通じて人に喜んでもらえる仕事って面白い!」と思うようになりました。

当時の1日のスケジュール

☀️職歴

コロナ禍での就職

新卒入社:金融    ※窓口&後方事務(1年未満)

マクドナルドでのアルバイト経験を経て、「もっと人の役に立ちたい」「考える仕事がしたい」という気持ちが強くなっていました。

・地元で長く働けること(当時の家庭事情から)
・課題解決に携われる仕事ができること

を軸に、金融機関の総合職として入社。

事務や窓口業務からのスタートで、将来的にはコンサル事業に携わらせていただけるようなキャリアがありました。

ただ、この選択は私にとっては非常に苦しいものとなりました。

”新型コロナウイルス”です。

入社する2〜3ヶ月前から流行り始めたのですが

・感染した人は全店舗に名前と行動経路を通知され、あらぬ噂を流される
・電子化が進んでいない&インフラ機関なので出社や窓口対応が必須
・窓口ではマスクにフェイスガードを着用して対応
・「喋ると唾が飛ぶから」と一言も発してはいけない

「絶対に店舗を休業させないため」に、常にピリついた雰囲気であったことや、「よりよくする」を良しとしない社風の中で自身の存在意義を見出せなかったこともあり、早期に退職の決断をしました。

ペーさん無限社畜編Part2

現職:人材営業    ※キャリアアドバイザー(4年)

何も分からない転職活動。とても不安でエージェントに登録し、相談。
自分自身転職の不安を経験したことや、
誰かのありたい姿、悩みと向き合える仕事ができるのではないかと思い
キャリアアドバイザーという職を選択しました。

元より「激務」「30歳定年」とよく言われている企業なので覚悟をして入社をしましたが、説明を受けたよりもよほど激務でした(*_*)

・「早番と遅番がある」と聞いていたが「8時〜22時勤務がデフォルト」
・仕事中にお手洗いに行けるのは2回ほど
・急な電話対応もあるので業務中に食事を取ることは基本的にしない
・勤怠チャットで「体調が悪いので早退します」と流れてくるのが21時
・遅い時だと23時までPCと向き合っている
・会社指定の5日間以外で有給をとったことがない
 *8月・9月でまとめて有休消化をします

そんな会社ですが
「お客様のためなら何でもしていいよ」
「我がごとで取り組もう」「課題意識大事にしよう」
という会社で、
自分の仕事で大事にしたいことが叶いつつ
周りも仕事が好きな人で溢れている環境だったので
とても前向きな気持ちで働けたと思います。

*とはいえ19時を過ぎると周囲の顔が暗くなってくるので、
 出社するたびに飴やひと口サイズのお菓子を配る人をしていました🍬

☀️49期として入学


仕事にはとてもやりがいがあり、仲間にも恵まれました。

ただ、入社して2年間、IT未経験で入社したいという方の気持ちに触れる機会も多かったことから「私も諦めたくない」という学生時代の気持ちが再燃。

複数のスクールの面談に参加し、
RUNTEQ49期として入学をする決断をしました。


幸い、当時の私はフルリモートをさせていただいていたので
「時間のやりくりを頑張れば出来るはず!」と信じて入学

当時の1日

実際入学してみると、自由時間としている時間に思うように頭が働かなかったり、シフト制で週6日勤務をする日もあったことなどから、
チームのメンバーとスケジュールを合わせたりHRに参加するだけでもかなりギリギリであると感じていました。

(当時のカリキュラムで触れたところ)
・推奨本での学習
・Progate
・チームでの発表課題
・ホームルーム参加

そのようなタイミングでしたが、
現職の出社回帰の案内と、部署異動の連絡がありました。
配属されたのは他の部署からも「軍隊」「ほか部署よりもハード」言われるような忙しさと厳しさのある部で、その中で新設された部署でした。

当時の1日

ただでさえスケジュールカツカツで進めておりまだ本編に進めておらず、
同期や先輩とコミュニケーションを取ったりイベントに参加したくても
2ヶ月前にシフトも決まるので時間の都合がつけられなかったこと。
新部署のキャッチアップでカリキュラムの学習時間が取れなくなったこと。

こうしたことから今の状況で継続は無理だと思い、運営の方に
「”就活サポート希望なし”にしてください・・・」と連絡を入れ、
コミュニティからも離脱することにしました。

両立、したかったです。
当時頑張れていたら、今頃はもう卒業も就職もできていたかもしれない。
この離脱している2年間RUNTEQのYouTubeだけはずっと追っていたので、
「このスクールで頑張れていたら本当に良かったな・・・」
と何度も思いました。

何かを途中で投げ出す ということは本当に嫌いだったので、
とても悔しかったです。

☀️71期として帰ってきた理由

やっぱりエンジニアになりたい!! 

というシンプルな理由です。

なので「あの時カリキュラム進められてたら今頃はな〜・・・」
という気持ちもないと言えば嘘になります。

ただ、結果として現職で4年間頑張ってみて良かったと思います。
*この辺りはまた別でいつかお話できればと思います。

1)「エンジニアになりたい!」と強く思うことが出来た
2)CREDOと社風で似ているところが多く、成長出来た
3)人と”一緒に考えて何かを改善する面白さ”を知れた
4)失敗がいいことだと思えるようになった
5)「何とかなるまで頑張れる」という自信が持てた


対面の面談からオンラインの面談に切り替わった時期の入社であったことや、変革期であったこともあり、様々な挑戦を求められたため、
お客様の為に何ができるかを常に考えて資料作成や相談、提案をする中で、
改めて「誰かの困りごとを楽に出来るものを自分の力で形にできるエンジニアになりたい」と思うようになりました。

また、現職に入社するまでは「間違えることが恥ずかしい」「怖い」
と感じることも多かったですが、
失敗したことの原因の分析から学ぶことも多かったです。
失敗や、難しいことがあった時に
「何とかなるやろ」というテキトーマインドではなく、
”私は何とかなるまで粘れるから大丈夫”という自信を持てました。

☀️最後に🌻


最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。

49期として入学した際には本当にカリキュラムは全然進められていないので、今は導入編からヒーヒーしています🫠

でも、「時間がある(当社比)!」「分からへんことがあるって伸び代!!」
と、日々学べることやコミュニティに参加できることが
純粋に嬉しく思います。

改めて、今回本気でエンジニアとして誰かの役に立てるアプリを作れるようになるために腹を括って退職日を先に確定させたので、
今までの経験で活かせることは活かしつつ、
運営の皆様や同期、先輩方のお力を借りながら頑張りたいと思います💪

今後ともどうぞよろしくお願いします!

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