【医師解説】手術後の「せん妄」はなぜ起きる?脳のバリア機能がカギだった!?
皆さん、こんにちは!医師の法月ロイです。
手術を受けた後、一時的に意識がぼんやりしたり、見当識障害(日時や場所が分からなくなる)を起こしたり、ひどい場合は幻覚や妄想を見たりする…このような症状を「術後せん妄」と呼びます。これは、高齢者にとって非常に深刻な合併症で、ご本人だけでなく、ご家族にとっても、そして医療従事者にとっても大変な心配事となります。せん妄が起きると、術後の回復が遅れたり、入院期間が長くなったりと、様々な悪影響が出てしまうんです。
今日は、そんな術後せん妄の原因に迫る、非常に興味深い最新の研究をご紹介します。アメリカのデューク大学の研究チームが発表した、「血液脳関門の機能不全とせん妄発症リスク」に関する論文を、医師の視点から分かりやすく解説していきますね!
脳の「バリア」が壊れると…?
私たちの脳は、非常にデリケートな臓器です。体の中を流れる血液には、様々な物質が含まれていますが、脳が必要なものだけを取り込み、有害な物質が脳に入り込まないように、特別な「関所」のような仕組みが備わっています。これが「血液脳関門(BBB:Blood-Brain Barrier)」と呼ばれるものです。脳の血管の細胞同士が非常に密に結合し、まるでバリアのように機能することで、脳を守っているんです。
これまでの研究で、手術や麻酔、感染症などが脳に影響を与える可能性は指摘されていましたが、血液脳関門の機能が、具体的に術後せん妄の発症にどう関わっているのかは、まだ詳しく分かっていませんでした。
そこで今回の研究では、この疑問に答えるべく、207人のご高齢の手術患者さんを対象に、手術の前後に血液と脳脊髄液(脳や脊髄の周りを満たしている液体)に含まれる「アルブミン」というタンパク質の濃度比を測定しました。アルブミンは、通常、血液脳関門によって脳脊髄液にはほとんど入り込みません。そのため、この比率が上昇するということは、血液脳関門のバリア機能が低下し、透過性(物質を通しやすさ)が高まっていることを反映すると考えられます。
驚きの結果!バリア機能の低下がせん妄リスクを高める!
そして、気になる分析結果です。
この研究で明らかになったのは、手術後24時間以内に血液脳関門の透過性が高まるほど、術後せん妄の発症リスクが有意に上昇するという、非常に明確な関連性でした!つまり、脳のバリア機能が手術後に低下することで、通常は脳に入り込まないような有害物質が侵入しやすくなり、それがせん妄を引き起こす一因となる可能性が示されたのです。
さらに、このバリア機能の低下は、患者さんの入院期間が長くなることにも関連があることが分かりました。これは、せん妄が術後の回復を妨げ、退院を遅らせるという臨床的な観察とも一致しています。
医師が語る!新しいせん妄予防への希望
今回の研究結果は、術後せん妄という深刻な合併症に対する、新たな予防法や治療法の開発に繋がる可能性を秘めている点で、私たち医師にとっても非常に画期的なものです。
血液脳関門の機能不全がせん妄発症リスクを高めるメカニズムとしては、以下のようなことが考えられます。
有害物質の侵入: バリア機能が低下すると、血液中の炎症性サイトカイン(炎症を引き起こす物質)や老廃物、さらには特定の薬剤などが脳内に侵入しやすくなります。これらの物質が脳の神経細胞に直接悪影響を及ぼしたり、脳内の炎症を悪化させたりすることで、認知機能の混乱やせん妄症状を引き起こすと考えられます。
神経細胞の機能障害: バリア機能の破綻は、脳内の環境を不安定にし、神経細胞の正常な働きを妨げます。これにより、情報処理能力や意識レベルに異常が生じ、せん妄へと繋がる可能性があります。
研究者たちは、この血液脳関門の機能を維持することが重要であり、新しい予防法の開発につながると述べています。具体的には、手術中の低血圧や、全身の炎症反応が血液脳関門の機能不全の原因となる可能性が指摘されており、これらの回避がせん妄対策に有効かもしれない、という示唆も得られました。例えば、手術中の血圧を適切に管理したり、不必要な炎症を抑えるような麻酔方法や薬剤を選択したりすることが、将来的にせん妄予防に繋がるかもしれません。
ご高齢の患者さんの質の高い周術期(手術の前後)管理を実現するためには、今後さらなる研究の蓄積が不可欠です。しかし、今回の研究は、これまで不明だったせん妄のメカニズムの一端を解明し、予防への新たな道を示してくれた、非常に期待される一歩と言えるでしょう。
※注意: この記事は情報提供を目的としたものであり、医学的なアドバイスではありません。具体的な治療や生活習慣の改善については、医師に相談してください。
参考文献
Devinney, Michael J et al. “Role of Blood-Brain Barrier Dysfunction in Delirium following Non-cardiac Surgery in Older Adults.” Annals of neurology, 10.1002/ana.26771. 24 Aug. 2023, doi:10.1002/ana.26771
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