土手のうえでページをめくる
さっきから視界の端で、なにかがゴソゴソと動いている。
土手のうえ。その人は川に面した傾斜に腰をおろし、背中を丸めている。膝の上に重ねた腕に顎を乗せ、なにか考えているような。
音が、耳にまとわりつく。身体を少し起こし、音のする方へ首をひねった。
道端の、大きな木の根元に女の子がひとり。木に絡んだつる草と格闘している。その人は、思わず顔を腕に埋め、目を閉じてゆっくりと息をする。
そうっと頭を上げると、女の子は消えていた。
河原の葦の茂みがざわついて、風が通り過ぎる。草の匂い。
対岸の高い屋根だけが小さく見える。山の中腹を影がゆっくり動く。目を上げると、はぐれ雲が漂っていた。
丸い鼻先のバスが、木の橋をそろりそろりと渡っていく。
ふと、背後に気配を感じ、息を潜める。草を踏む音が、わずかに移動しては止まる。
「あっ、ひっつき虫」
時折、独り言のような小さな声が聞こえる。その人は、あらぬ方へ目を向けた。奥歯を噛みしめる。
「泣いてたのかな」
見透かされたような言葉に、指先がぴくりと反応した。腰のあたりまで草に埋もれて、女の子が立っていた。
「こんにちは」
その人の視線を受けて、女の子が口を開く。
しかたなく言葉を返そうとするが、声が出ない。息を吸い込む。
「こんにちは」
今度はちゃんと言えた。
女の子の口に大きめの前歯が覗く。その人の腕が届くか届かないくらいまで近づいて、膝をついた。女の子の手が動く。その人のワンピースの袖に、ひっつき虫がぶら下がった。
しがみついたひっつき虫を摘まんで、女の子を見る。えへへと笑っている。どこから来たのと問うと、土手の下にある集落を指さした。何をしていたのと問えば、くねくねと体を揺らす。
「お姉さんは何しに来たの」
まっすぐな問いに、何と答えればいいのかわからない。
「そうね……ふられちゃったから」
黙り込んだ女の子が突然立ち上がり、一緒に来てと言う。女の子にじっと見つめられ、拒む言葉を探すのを諦めた。ゆっくりと立ち上がる。女の子は大股で草を踏み分けていく。赤いつりスカートの裾が跳ねる。
女の子は大きな木を仰ぎ見て、枝先の葉を指さす。
「触ってみて」
背伸びをして、やっと指先が届く高さ。言われるまま葉に触れると、ふわりと閉じていく。
「ねむの木、くすぐったいって言ってる」
女の子もくすぐったそうに笑う。その人は別の葉に手を伸ばす。先端をなぞる指に合わせて、ページを閉じるように折りたたまれていく。あっ、声まじりの息がこぼれた。誘われるように、指が新しい葉に伸びる。
木の根元あたりから、こっちだよという声。四つん這いになった女の子が、つる草の隙間から覗いている。しゃがんでのぞき込むと、幹のまわりが空洞になっていた。
「ここに、隠してあるの」
その人はスカートの裾を膝の裏に押し込み、身を縮めて中に入る。思いのほか広い。つる草と背の高い雑草の合間から、光が漏れている。
ぺたりと座った女の子が、両手に何かを抱えていた。その人の前に差し出す。カラフルなブリキ缶。そっと蓋をあける。缶の中へ光が入る。
プラスチックのぬめりとした質感の、色とりどりの石を繋いだ首飾り。鎖が付いていないピンク色のペンダント。色の剥げたピエロのブローチ。ガラス玉、そして石ころ。
女の子の得意げな顔が、目の前にあった。無性に笑いたくなる。
「秘密、ばれちゃったね」
女の子の顔がくしゃりと弾けて、その人の口元にも笑みが浮かぶ。ふと思い出し、胸元のブローチに触れる。
「わたしがつくったのよ」
少し自慢げに言う。女の子の見開かれた目に、つい、つくってあげようかと声が出る。今度会う時に渡すと、約束していた。
一週間後、土手のうえ。その人は背筋を伸ばして立っていた。手の中に小さな箱。風に乱れた前髪を掻き上げる。
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