押し花の重石になったラフマニノフ|#なんのはなしですか
姪が来た。玄関先で大々的に新聞紙を広げている。作品に使うとかで、うちの庭の草を押し花にするそうだ。草は売るほどある。どんどん摘んでくれ、何なら草むしりも頼みたい。
そんな大きくてペラペラなものを、どうやって持ち帰るのか聞いてみたら、持てないねという答えだった。玄関の中でやったら?と提案してみた。それはいいアイデアだとすぐに実行された。うちの玄関は新聞紙に占領されることになった。
眺めていると、重石になるものを持って来いと言う。重石といえばでかくて分厚い本と相場は決まっている。本棚からそれらしきものを見繕って運んだ。ちょうどいいねと喜ばれた。
サイズと重さで見繕ったが、新聞紙の上に並んだのは、美術展の図録ばかりだった。両親が絵を描いていた頃に観に行って買い求めてきたものだ。母がアトリエに使っていた部屋に残されていたのだが、なんとなくそのままにしている。フェルメール、バーンズ、ムンク、ラフマニノフ……ん?
ラフマニノフが絵を描いていたとは知らなかった。音楽家だと思っていた。手に取ってめくってみる。楽譜集だった。
そうだ、これを購入したのは、わたしだ。
わたしは、何かあると数ヶ月にわたって同じ曲を毎日聞く癖があるというか、そういう風にできている。時に聞き入り、時に聞き流し、CDは回りっぱなしである。その頃は、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」だった。それを聞かないことには1日が始まらなかった。
そういえば、ラフマニノフの伝記も買った。たしか2段組の小さな活字がびっしりの分厚い本だった。読み始めてすぐに挫折した記憶がある。――いま、本棚を確認した。500ページぐらいある本だ。しおり紐は26ページに挟まれていた。ほとんど読んでいないじゃないか。やはり小さな活字だ。12級(8.5ポイントまたは11px)くらいだ。
わたしはアナログの時代から広告業界にいたので、「写植級数表」という便利ツールを持っている。オフセット印刷では写植機という機械を使って文字を打つ時代だった。写植機で打たれた文字は印画紙に出力され、それを切って貼ってレイアウトしていた。カッターナイフはプロ級の腕前(プロはいるのか?)である。#なんのはなしですか
忘れ去られた引き出しから、黄色く変色した「写植級数表」を引っ張り出す。あてがってみる。やはり12級だ。老眼の目にはもはや文字のかたまりにしか見えない。
なんのはなしか忘れるところだった。ラフマニノフの楽譜集だ。なぜ、それを購入する気になったのか、覚えていない。楽器は何も弾けないし、吹けない。もちろん楽譜は読めない。子供の頃、ピアノを習っていた。6年間程ね。村のピアノ教室は、先生がおばあちゃんで、太くまあるい指が鍵盤をこれでもかと叩くので、ずいぶんとすり減っていたことは覚えている。しょっちゅうサボって遊び呆けていたから、ちっとも上達しなかった。「トルコ行進曲」はお気に入りで、その時だけはがんばった。耳とおばあちゃん先生の指の動きで覚えたから、楽譜は読めないまま終わった。
ラフマニノフの件に戻ろう。わたしは、聞くだけでなく、ラフマニノフの人となりをも知りたかったのか、何かカタチあるものが欲しかったのか。お茶の稽古をはじめたら、書やお花、焼き物・塗り物に興味が広がり、美術館、博物館、窯元めぐりの旅に出るのと同じだろうか。ご当地の名物茶菓子を買ってご満悦になるのと同じだろうか。だが、わたしは、お茶きっかけで茶室づくりまではじめてしまう手先の器用なシニアとは違い、極めるということを知らない。きっと、買っただけで満足したに違いない。もし、楽譜集を抱きしめて寝たという逸話があったなら、我ながらいじらしいと思わないでもないが、そんな記憶はまったくない。
そんなわけで、ラフマニノフの楽譜集は、押し花の重石になった。
「#なんのはなしですか」のハッシュタグを初めて使えると勢い込んだら、回収日を過ぎていた。さっき気づいた。まぁ、人生とは、そんなものだ。こうなったら、少しはなにかしらのはなしに仕立てるべく試みよう。
さて、ラフマニノフの楽譜集は、その後、姪が持ち去った。なんでも「これ描いてみよう」とのこと。いくらか同じDNAを持っているせいか、姪も文字好きである。わたしは文章を書くのが好きだが、姪は文字を描くのが好きなタイプ。作品に、楽譜を描き入れてみようと思いついたらしい。これで、ラフマニノフにも少しは申し開きができるだろうか。
ちなみに、姪も楽譜は読めない。
よし、これでOK。
と思ったら……見出し画像を撮ろうとして、肝心のラフマニノフの楽譜集がないことに気づいた。そりゃそうだ。姪が持って行ってしまったからな。ここは便利ツール「写植級数表」にお出ましいただいておこう。あしからず。
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