家族を思うからこそ、すれ違うこともある
7月、二人目の娘が生まれる予定だ。
妻は出産後、1週間ほど入院する予定である。
私は出産に合わせて育休を取得する予定で、その入院期間中は、上の娘と二人で生活することになる。
病院の都合もあり、妻の入院中は妻と上の娘は面会ができない。
4歳の娘にとって、これはけっこう大きな変化だと思う。
赤ちゃんが生まれることは嬉しい。
でも同時に、いつも一緒にいるママに1週間会えない。
家に帰ってもママはいない。
家の空気もいつもと少し違う。
大人たちは赤ちゃんのことで慌ただしい。
本人はうまく言葉にできなくても、寂しさや不安を感じるかもしれない。
だから私は、育休中はできるだけ上の娘との時間も大事にしたいと思っていた。
そんな時、7月にとあるアトラクションが期間限定で一部無料になるイベントがあると知った。
家で退屈に過ごすより、少しでも楽しい時間を作ってあげられるかもしれない。
そう思って、妻に話した。
「娘をアトラクションに連れて行ってみてもいい?」
すると、妻はあまり乗り気ではなかった。
「私が出産で入院している時に行くの?」
ということらしい。
正直、私は少し意外だった。
もし自分が入院する立場だったら、家族にはできるだけ普段通り過ごしてほしいと思う。
自分が大変だからといって、家族の行動まで縛りたくはない。
むしろ、自分がいない間も娘が楽しく過ごしてくれるなら、それはそれで安心できる気がする。
だから私としては、妻を置いて遊びに行くという感覚ではなかった。
上の娘が、ママに会えない1週間を少しでも寂しくなく過ごせたらいい。
育休中に父親として、上の娘との時間もちゃんと作りたい。
そういうつもりだった。
ただ、妻の見えている景色は違ったのだと気付かされた。
出産は身体にも心にも大きな負担がかかる。
その時に、自分だけ病院にいて、夫と娘が外で楽しんでいる。
理屈では娘のためだと分かっていても、気持ちとしては複雑だったのだろう。
本当なら、妻も上の娘と一緒に過ごしたいはずだ。
赤ちゃんが生まれる喜びも、上の娘の寂しさも、本当は一緒に受け止めたい。
でも入院中はそれができない。
そう考えると、妻が寂しく感じたことも理解が出来る。
結局、早々にそのイベントに行く案は引き下げて話はすぐ終わった。
どちらが正しいかを決めたわけではない。
ただ、今は妻の出産という大きな出来事を優先した方がいいと思った。
それに、娘を楽しませる方法はそのイベントだけではない。
家で一緒に遊んだっていい。
近所を散歩してもいい。
好きなお菓子を買って、二人でゆっくり過ごしてもいい。
大事なのは、どこに行くかではなく、娘が安心して過ごせる時間を作ることなのだと思う。
今回だけではないが、やっぱり夫婦でも見えている景色は違うんだなぁと改めて感じた。
私はどちらかというと、主体的に行動で支え合うことを大事にしている。
困っているなら手を動かす。
必要なら家事をする。
育児をする。
段取りを考える。
そうやって現実を少しでも良くすることが、家族を支えることだと考える傾向が強い。
一方で妻は、気持ちを共有することを大事にしている。
嬉しい時は一緒に喜びたい。
大変な時は、その大変さも分かってほしい。
家族の出来事から、自分だけ外れたくない。
それもまた、自然な感覚だと思う。
どちらが良い悪いという話ではない。
同じ家族を大事にしていても、その大事にし方は人によって違う。
自分はこう考える。
相手はこう感じる。
その違いを、正しさで裁かないこと。
夫婦生活では、こういう小さなすれ違いが何度も起きる。
そのたびに、自分の考え方を少し知り、相手の感じ方も少し知る。
すぐに分かり合えることばかりではないけれど、こういう積み重ねの中で、少しずつ夫婦になっていくのかもしれない。
今回の出来事も、何か大きな結論が出たわけではない。
ただ、お互いの見えている景色を少し知ることができた。
それだけでも、私にとっては価値のある会話だった気がしている。
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