聖域の光を、僕はまだ知らない。|大雪山「神々の遊ぶ庭」4日間の写文録。
足の裏で地球の鼓動を感じ、レンズの先で宇宙の静寂をなぞる。
大雪山の奥深く、「神々の遊ぶ庭」に身を置くとき、
僕はただの記録者ではなく、移ろいゆく光の「目撃者」になる。
コラム:
①光の設計図:星を「点」として捉える(F値)
②光の設計図:星を「点」として捉える(シャッタースピード)
③物語を凝縮する:写真は「引き算」
④微かな光を拾う:感度という名の勇気
⑤野生との距離感:コンテキストを残す
Tips:
①旭川空港でのガスカートリッジの調達方法
②クマ撃退スプレーのレンタルサービス
③夏でもアイゼン
大雪山の奥深く、「神々の遊ぶ庭」に身を置くとき、僕は単なる記録者ではなく、移ろいゆく光の「目撃者」になる。
平日は都内のシステムの一部として働く男が、カメラを相棒に北の大地へ。3泊4日の縦走で出会ったのは、奇跡的な四夜連続の満天の星空、8年の歳月を耐えて咲く女王・コマクサ、そして人間のエゴを瞳に映した悲しきキタキツネだった。

写真は「引き算」であり、被写体への「敬意」である。ヒグマの気配や滑落の恐怖と隣り合わせの道中で、レンズを通して聞こえてきたのは、自然が放つ静かな「呼吸」の音だった。
技術を超えた先にある、光と生命の対話。その記憶を、いま一枚のデータから解き放つ。

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