『獣の仮面』
※本作は「リュシアン」というキャラクターの“もしも”を描く短編集です。
本編とは異なる性格・背景を想定した創作であり、パロディ的要素や性格改変を含みます。
キャラクターの新しい一面を楽しむ遊びとしてご覧ください。
✦ ✧ what if ✧ ✦ ✧
「……怖いか?」
その声が低く響いた瞬間、彼の眼差しが夜よりも深く染まった。
リュシアンの視線が、まっすぐにこちらを射抜く。
そして、その口元が、確かにわずかに歪んだ。
「だったら、逃げろよ」
吐き捨てるような声だった。けれどその裏に潜んだ熱が、皮膚の下を焼いた。
いつもの彼じゃない。言葉の隅に、理性の枠が軋む音が滲んでいた。
ふたりきりの天文室。
書棚の影に揺れる燭火。窓の外では星々が冷たく煌めいていた。
「オレは今、君に触れたくて仕方がない。
理性をひとつずつ外して、君を——全部、味わいたくてたまらない」
その声が首筋に触れた気がした。
彼はまだこちらに触れてさえいないのに、呼吸が荒くなる。
「それが、“抑えてきた結果”だ。
それでも来るなら……責任は、君にある」
まるでそれが、観測記録のように淡々と、そして確信に満ちて語られた。
彼の指がこちらの手首をとらえる。柔らかく、でも逃がさない強さ。
——理性を、外してしまえば、彼は。
「ねぇ、どうして……急に……?」
問いかけたつもりだった。けれど自分の声は震えていた。
リュシアンがその問いに応えたのは、唇の隙間から漏れた熱い息だった。
「お前が、何も知らない顔で俺を見上げるからだよ」
耳元に落ちたその声に、全身が打ち震える。
彼の手が頬に滑り、口づけが、言葉の続きを奪っていく。
どこか遠くで星が瞬く音がした気がした。
けれど今この天文室には、ふたりの体温だけが、確かにあった。
◆
この夜のことを、記録する術はない。
星図にも、暦にも、どこにも。
だが間違いなく、あの瞳の奥で光ったものがあった。
それは、名を持たない獣のような衝動だった——
* * *
