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Episode 114 気持ちが空回りするのです。

1996年10月、パートナーは無事に女の子を出産します。
それはそれは小さな…といっても標準サイズの新生児でしたが、ぎゅっと握ったてのひらが500円玉くらいの、わが娘ながら、この世の生き物と思えないくらいの小ささに驚いた記憶があります。

最近は立会出産が多くなってきたようですが、私は子ども3人とも立ち会っていません。
それは最初の子…この時に産まれた長女のことがあったからだと思っています…というのも…。

10月22日の夜、夕食後にパートナーがお腹の張りを訴えます…陣痛の始まりでした。
偶々、休みの日で自宅にいた私、次第にお腹の張りの間隔が短くなって、痛みの強度が増してくるのが傍目でも分かるのに何もできなくて。

陣痛の間隔が10分程度…というのは一般的な病院に行くタイミングの話で、日付が変わる頃にタクシーを呼んで病院へ。
お腹の張り具合を確認する機械をつけて様子を見るも、そこから先になかなか進まない。
じっと痛みに耐えるパートナー、私はそれを見守るしかない…と言うか、それしかできないのだからそうして隣にいてあげるだけで良いのに、何かしようと変に話かける努力してしまう…。
パートナーの苦しそうな表情とともに、機械の数値がギューンと上がる…陣痛で苦しいタイミングが数字で見えるのです。
「さっきより数値が高い…きっとさっきよりも痛みが強いんだ…。」
「ねぇ、大丈夫?陣痛強くなってきてるよね…。」
…なんて、次第に陣痛が強くなるに決まっているじゃないですか。
そんなバカバカしい励ましにもならないような声掛けにイライラしだすパートナー。

結局なかなか陣痛の間隔が短くならず、翌日東京に出張しなければならない私は、いよいよのタイミングで連絡をもらうことにして自宅へ戻って仮眠をとることに…。
仕事の都合で仮眠を取らねば…とすれば聞こえが良いでしょうが、本当のことを言えば出産立会として「つかえないヤツ」というのが本当のところだったのでしょう。

別にパートナーとしては話し相手が欲しかったわけではないのだと思います。
そばにいて、見守ってくれるだけで良かった…。
それなのに…ですよ、どうでもいい声掛けをしてイライラさせてですよ。

私としては、何をどうすれば良いかわからないなりに、パートナーとともに「ガンバル」つもりだったわけです。
「ガンバル」…何を?
気を紛らすように話しかければ良いのかな?

正解は「そばにいる」、それだけだったのです。
私は私なりに考えて「何かしてあげよう」と努力したのですが、それはパートナーからみれば「余計なコト」だったのだと思います。

「どうして欲しい?」
「そばにいて。」
「わかった。」
それだけの話だったのです。

一番大変なのは当然パートナーで私はそれを支える立場だったのに、パートナー抜きで「私に何が出来るか」を考えてしまったあたりが最大の間違いだったわけです。

東京に向かう新幹線が動き始めた時に携帯電話に着信、義母から「無事に生まれました、女の子でした。」と連絡があったのです。
その後、次女と長男が誕生するも、パートナーは「来なくていいよ!」って。
この時のことに、よほど懲りたのだと思います。

旧ブログ アーカイブ 2019/1/6

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