見出し画像

Episode 235 楽しくないと気付くのです。

例えば機械の誤作動があったとします。
それは制御不能で、操作している私の意思とは関係なく機械的に処理が進んでいくということです。
それがいま、目の前にある現在進行形の恋愛だったら、どうしますか?

恋愛マンガのストーリーに乗った彼女と私は、ストーリー通りにデートを重ねます
彼女側の気持ちについては、あくまでも想像ですが…何度かお話してきました。
では私の方はと言うと、これがまた楽しくないのです。

彼と彼女がマンガの中であれほど楽しいといっていた「水族館デート」が、楽しい?
イルカショーで水しぶきを浴びて…冷たくて気持ち悪いだけじゃん?
なにアホみたいに楽しそうに笑ってるの?

もうお分かりですよね。
デートとは、一緒に時間を共有することに意味があって、水族館に行くことやイルカショーで水しぶきを浴びることが目的ではないワケです。
マンガに描かれるそれは、共有したエピソードでしかない、対人コミュニケーションスキルが足りない私は、この共有するという感覚に欠けていたのです。
経験の代わりに足された物語という水分は、エピソードをたくさん供給してくれたけれど、共有する感覚は供給してくれなかったのです。

当然のことです。
共有するとは「その物語の核心部分」であって、読者が自分の感性で物語に入り込む「スキ」なのですから、感情移入する場所を塞いでしまったら少女マンガとして売れるワケはないのです。

キスは?
その先にあるSEXは?
私は女性的恋愛観の核心部分にある「共有」を理解できないままだったのだと思います。

その一方で、私は肉感的な女性に性的な興奮を覚えるという点においては普通の男性であって、物語のレールに乗って彼女をエスコートするワケです…。
そこで性的な満足は得られても、彼女との愛は存在したのか
するワケないですよね、そもそもが誤作動なのですから

結局のところ、彼女といても楽しくないと気が付くのです。
恋愛とは、理想の彼氏像とは…。
少女マンガの恋愛が教えてくれる最も大事な部分であるハズの「共有」は、知っていて当然の部分であるからこそ、語られることなく暗黙の了解となっていたのだろうと思います。
そしてそれは、読者が物語に感情移入するための「仕掛け」だったのだろうと思います。

残念ながら、私はこの仕掛けに気が付くことができませんでした。
共有が初めから存在しない恋愛が…そもそも恋愛だったのかすら怪しいそのおつき合いが、長続きせずに終わるのは、当然だったのだと思うのです。

非常停止ボタンを押したのは、私です

旧ブログ アーカイブ 2019/5/7

いいなと思ったら応援しよう!