Episode 197 上手く親父になれません。
平成30年度最後の平日であった3月29日、長男が高校に退学届を提出し、正式に高校中退となりました。
去年の9月半ばから学校に行かなくなり半年、義務教育ではない高校では2学期中に定期試験の成績がないことと出席日数で進級が出来ないことが確定し、3学期に入ってからは既に退学の意思は固まっていたものの、その先を考えるが故にズルズルと退学手続きを引き延ばしていたワケですが、年度末で漸く区切りをつけた形です。
長男は「自分から何かをする」ということが非常に苦手な子どもでした。
友達もいるし、明るく元気…なのですが、自らやりたいことを発見できないという特徴があったのだと思います。
幼いころに親があれこれと何かをやらせてみるのは、興味の拡大と新しいものに目を向けさせるために必要な事だろうと思います。
子どもに対して「本人が言ってこないから」という理由で放置…というのは、あまり聞きません。
もちろん、好奇心旺盛な子どもがあれこれと小さなコミュニティの中で聞いて体験してやりたいことを言ってくることはあるでしょうが、それはどこかの親が子どもに与えたものであることが多いと思います。
長男は、言われたことはやってみる…ということを繰り返してきたように思います。
友だちに言われたからやってみる、私たち両親に言われたからやってみる…。
でも、本当に長男がやってみたいことは…?
幼稚園や学校は行くものだったから、何の疑いもなく行っていたのでしょうね…多分。
小3の終わりから続けていたサッカーも、人気があってみんながやっているからやってみたのでしょうね…多分。
中学校も3年生になれば、誰もがその先の進路について考えさせられるワケです。
今どき中卒で社会に出るなんて選択肢を中学校の進路担当教師が説明するわけもなく、当たり前のように高校進学を前提に話を進めていくその時期に、いったいどれくらいの生徒が自分の将来を見据えているんでしょうね。
とりあえず、その先が分からないから「高校に進学してまた考えよう」というのが一般的な考え方なのでしょうね。
それが当たり前の進路指導が現実なんでしょうね。
一生懸命に頑張っていたサッカーもベンチ入りに届かず…。
そのころからですかね…「何のために?」と本人が考え出したのは。
ベンチに届かないサッカーって、何のためにやるの?
先に必要があるかわからない分野の勉強って、何のためにやるの?
頑張った結果が達成感に繋がらない、自分自身の中の空っぽ感。
そんなものが高校生になった長男を覆ってしまったのかと思うのです。
振り返って、私は長男がやりたいと思ったことを言い出すのを、粘り強く待っていたのか?
ASD的な予定調和が長男の人生にレールを敷いていなかったか?
私と長男との関係は?
長女や次女との関係は?
ティーンエイジャーの家族との関係って?
親としての発達障害者である私って?
そんな話をしていきたいと思います。
現在進行形なので、上手くまとまるかわかりませんが…。
旧ブログ アーカイブ 2019/3/30
