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Episode 704 特性と個性は別なのです。

我が家には雑種のネコが2匹いましてね。

チョビとアポロ

右側のクロシロちゃんはチョビ。
縁あって市の動物愛護センターからウチの家族になって3年半が経ちます。
左側のキジシロちゃんはアポロ。
去年の6月生まれ、生後2ヶ月の時に我が家に来て、1年が過ぎました。

我が家の家族になった猫たちはアポロが3匹目…数年前まで16年もの長きにわたって我が家の一員だったニャーと名付けられた黒猫が居だのですけどね。

チョビがウチに来た時のことは、それはウチの家族にとって衝撃的だったのですよ。
今から20年ほど前…元々ノラ猫だったニャーがウチに住み着いた時は、家に入れて欲しいニャーは、人に対してとても「フレンドリー」だったのね。
ウチの家族にとってニャーは「初めてのネコ」だったから、「ネコとはそんなもの」だと思っていたのですよ。

一方のチョビは、動物愛護センターに保護されるまで、どんな生活をしていたのか私たちが知る由もありません。
いろいろと説明を聞いて手続きをして、引き取って帰って来て、キャリーバックの扉を開けて…なかなか出て来ません。
一日が過ぎ、二日が過ぎ、ようやくバックから出てきたチョビは、デーブルを囲んで(驚かせないように敢えて)知らないふりをする私たちの後ろをゆっくりと慎重に歩き、私たちに敵意のないことを確認して、ようやく安心してくれたのでした。
今でも知らない人に対しての警戒心は強く、宅配便の配達員が玄関の呼び鈴を鳴らすと、一目散に2階に駆け上がって姿を眩ませます。

さてさて、最後はアポロです。
道端で保護された母猫が妊娠中で、保護されたお家で8匹の兄弟姉妹が生まれのが去年の6月のこと。
手厚い保護の元、母猫は元気を取り戻し、8匹の子どもたちも無事に育ち、そのウチの1匹が縁あってウチの子となったのが去年の8月です。
たった500gしかなかった我が家に来てすぐの頃のアポロ…でも、とにかくヤンチャでね。
チョビとの顔合わせ用に作ったサークルをアッサリと突破して家の中を走る走る…。
天敵がいない、怖いことをする人もいない、完全に安心できる環境下以外で生活をしたことがないアポロは、おおらか…と言う表現で良いかは分かりませんが、「怖がる」ということを知らずに大きくなったように思います。

だった3匹しか深く知らないネコたちですが、三匹三様の行動と性格を目の当たりにして、ネコの個性について想いを巡らせるのです。
ネコにも個性がある、それが想像以上に大きな個体差になっている…と言うことを私が知るのに3匹は大きな役割を果たしたのでした。
そう、ネコの習性…ではなくて、個性です。

ネコの個性について、イロイロと言われることがあります。
品種によって大まかな性格が語られたり、黒猫の性格は〇〇で、白猫は△△…とか言われたり。
でも、それってどれくらい当たるのか疑問だったり…だって、ウチの子たち、柄で言われる一般的な性格と一致しない部分がいっぱいあってですね。
コレって、テレビの朝の情報番組で流れる星座占いみたいなものじゃない?
今日の運勢が1/12で決まるとか、あるワケないじゃん…まぁ、それでも1位になれば気分良く出勤とか、あるのですけどね。

私のようなASDは、恐らくこのネコたちと同じように見られているのでしょうね…と思うことがあります。
なんと言うか、習性の研究はある程度進んで来ているのですけれど、まだそこまで…みたいな感じとでも言いましょうかね。

だから「ASDは」と、十把一絡げで語られがちなのでしょう。
それはASDの特性として語られる一般論や、目の前にいる個人的繋がりのあるASD者の特徴を「ASDの特徴」として認識している…と言うことを意味しているように思います。

あなたの思っているASD像と、私の思っているASD像とは、同じASDという言葉を使いながら、全く違うモノを指している可能性はないか?

だからね、ASD者の理解には、多くのASD者を見る必要があるのだと思うのです。
「そうは言ってもそんなに簡単に会えないじゃん…」と言うのは、その通りだと思うのですよね。

ではどうするか…と言えば、ASD者が日常を語る表現が増えれば良い…とか、私は思っているのですよね。
私が私のnote記事に、必ず「枕話」を入れるのはそう言う理由です。

ASD者は、もっと日常の生活を語る必要があると思うのですよ。
それはASD特質に関係あるない…に、拘らずです。

ASD特質の解析や解説は大切なことだとは思います。
でも、私の個性の全てがASD特質から生まれているワケではないのですよ。
ASD特質がある私の日常は、ASD者の「私の」理解には必要なのだと思います。

私はウチの家族になった3匹のネコたちに、習性ではない個性の部分の存在を教わりました。
ASDと言えど私たちは人間ですからね、ASDの特質を抱えながらもそれぞれに人としての個性があるワケですよ。

全ての人の個性を把握しろ…と言っているワケではありません。
ただ、特性と個性の混同は、ASD像の理解を難しくしている可能性はある…と。
だからASD者は、もっと個性の発信をした方が良いと私は思っているのですよ。
私が「ASD者の文系読み物」にこだわっているのは、ASD者の個性という多様性の発信に繋がることを期待しているから…なのです。

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