意味のないこと、役に立たないことから私の自由は始まる。
「やりたいことがないなら、サイコロを振って決めてもいい」
茂木健一郎さんのYouTubeでおっしゃっていたこの言葉
https://www.youtube.com/watch?v=3yalkzKy2xo
「じっと動かずに悩むのではなく、目の前の本を読むでもいい、とにかく動き続けること。思考を巡らせるのは移動中だけでいい。目の前のことに没頭し続ける、それが『フロー状態』なのだ」と。
シンプルな言葉なのに、
今ようやく腑に落ちた感覚がありました。
3歳の私が抱えていた、名もなき恐怖
私は、ずっと「怠け者」でした。 正確に言えば、何をすればいいのか、何のために生まれてきたのかが分からず、何十年ももやもやと悩み続け、動けずにいたのです。
一番古い記憶は、3歳の頃。 「私って何?」「ここはどこ?」「なぜ私はここにいるの?」 頭の中をそんな疑問がぐるぐると騒ぎ続けていました。
当時はまだ語彙を持たないから、自分の感覚を整理することもできず、
焦りと恐怖の入り混じった感情に自ら振り回されていました。
大人になっても答えは出なくて 「自分が何者かもわからないのに、何をするべきかなんてわかるはずがない……」 って何をする気力も起きなくて
ただ一日を無事に終えることだけが目的になっていきました。
8歳までに組まれた「奴隷のプログラミング」
なぜ、私はこれほどまでに動けなかったのか。 最近になって、ようやくその正体に気づきました。
それは、7歳頃までに出来上がった「脳内プログラミング」の仕業。
「意味のないことはしない」 「役に立たないことはしない」 「お金にならないことは、やる価値がない」
私の人生は、知らず知らずのうちにこのプログラムに支配されていたのです。 生きるため、食べるため、安全に過ごすため。 いわば「生存のための奴隷」のような思考で、効率や意味ばかりを追い求め、答えが出ない問いに足を止めていました。
意味がなくてもいい。私たちは、どこまでも自由だ
でも、もうそのプログラムには従いません。 半世紀経って、ようやく気づけたから。
意味があろうとなかろうと、悩む前に、目の前のことをやる。 読みたい本を読む。どうしても思いつかなかったら、サイコロを振って決めたっていい。 「ずっと何かをやっている」という状態そのものを楽しんでみる。
そう決めたら、心の奥がじわっと温かくなるのを感じました。 「自分の小さな好奇心を、最優先にしていいんだ」 そう思えたとき、うまく説明できないけれど、私たちは心底愛されているのだと、理屈抜きに確信できたのです。
私は、自由でした。 そして、みんな、本当はどこまでも自由なんですよね。
