Icebreakers と 10DANCE
セクシュアリティの規範は深く文化に染み込んでいて、なかなか見えにくいものだと思います。でも、ふと気がつくと、「ああ、ほんとに根が深いんだな」と思わされる。
たとえばフィギュア・スケートのペアです。この競技は、男女がペアになってセクシャルなパフォーマンスをする以外にほとんど選択肢がない。「ラブラブの男女カップル」を演じる以外に、ほとんど道がないんです。
子供の頃にフィギュアスケートに出会って大好きになっても、少し成長して自分はゲイだと気づけば(あるいはフィギュアに出会ったとき、すでに自分はゲイだと気づいていれば)、ここは自分の居場所ではないと感じたとしても不思議はありません。どうしてこんな枠を嵌められなければならないのか? 男同士のペアでは、オリンピックどころか、どんなレベルであれ、正式の競技会に出る望みはほとんどありません。
そんな窒息しそうな文化的状況に、風穴を開けようと挑戦する人たちがいる。ニューヨーカーに紹介されていた Icebreakers という動画で、わたしはそれを知りました。この動画には胸が詰まりましたが、とくに16:40頃からの男性二人のペアの演技を見るうちに、わたしは涙ぐんじゃいましたよ。
アイススケートのペアに負けず劣らず性的規範が明確なのが、社交ダンスではないでしょうか。ないしろ社交ダンスでは、男性のことを「リード」、女性のことを「フォロー」というぐらいですからね…。
わたしは一度だけ、社交ダンスというものを踊ったことがあります。大学に入ってすぐ、ダンパ(「ダンスパーティー」の省略形)のチケットをもらったので、女性の友人と二人で行ってみることにしました。事前に社交ダンス講習会というものがあったので、それにも参加しました。そして知ったのは、社交ダンスで女性がやるべきは、男性の指示を敏感に感じ取り、的確にそれに従うことだということです。(わたしには向いていないね….)
ダンパ当日、わたしは一緒にでかけた女性の友人と踊ったわけではありません。当然ですね。彼女もわたしも、会場に来ていた男性に「お手をどうぞ」されて踊ったんです。一曲か二曲踊って、帰ってきました。
そんな社交ダンスの世界を舞台とする漫画作品に、井上佐藤氏の「10dance」があります。(井上佐藤というペンネーム、変わってますよね。井上佐藤氏が漫画家になるまでにお世話になったお二人の師匠の姓をつなげてを作ったペンネームだそうです。)
この漫画作品は、昨年暮れ、竹内涼真さんと町田啓太さんのW主演で実写映画化されて話題になりました。
町田さん演じる「杉木信也」は、社交ダンスの中でもスタンダード(ボールルーム)と呼ばれる部門で、世界でもトップクラスのダンサーで「帝王」の異名があります。一方の竹内さん演じる「鈴木信也」は、ラテンと呼ばれる部門の日本チャンピオン。
杉木信也(町田さん)は子供の頃から、イギリスの有名コーチャーの家に住み込み、帝王となるべく英才教育を受けたのですが、その教育のエッセンスは、男の中の男、最高のジェントルマンたれ! ということなのです。
一方、ラテンの鈴木信也(竹内さん)は、父親が日本人のラテンダンサー、母親はキューバ人で、両親が離婚したためキューバで育ちます。母親は次々と才能ある男性ダンサーと恋に落ちて結婚するものだから(そのため彼には妹がいっぱいいる)、鈴木信也はいろいろなダンサーの影響を受けつつ、骨の髄までラティーノであります。彼が育った文化では、「男はマッチョでなんぼ」です。マッチョ性を誇示し、女性にはとりあえず一声かけておくのが礼儀というカルチャーなんですね。
杉木信也も鈴木信也も、支配する側としての男性性(マスキリニティー)をごりごりに叩き込まれて今がある。
そんな二人が出会ってどうしようもなく惹かれ合うんですが、二人とも自分の中のマスキュリニティの壁を打ち破れず、両思いの両失恋というやりきれない沼にはまってしまうのであります。
映画作品では、そんな文化的側面は薄められているのですが、とにかくダンスはすごいですね。とくに竹内さんはダンス経験が全くなかったというから、恐ろしい。
(町田さんはもともとダンサー志望だったし、町田さんのパートナー役である石井杏奈さんはダンサー出身の俳優さんだし、竹内さんのパートナー役である土井志央梨さんは、本格的にクラシックバレエをやっていた方です。)
もともとこの実写映画化企画では、ダンスシーンはプロのダンサーに踊ってもらって顔だけ加工して乗り切るという可能性があったらしいのですが、それが不可能ということになり、竹内さんは、一度は役を降りる事も考えたそうです。しかし、腹をくくった竹内さん、絶望と隣り合わせになりながら心身共にギリギリまで追い込んで、最終的には迫力ある(そして非常に美しいヴィジュアルで)ダンスを披露してらっしゃいます。
映画の最後のシーンで、竹内さんと町田さんが組んで踊るスタンダード五種+ラテン五種のダンスは、映画に出演してくれた世界レベルのダンサーたちも霞むほの美しさでした。とりあえず美しさでは、他の人たちはかすみますわw。このおふたりの美しさは、軽く二次元越えです、はい。
セクシュアリティーにおいてマジョリティーの属する人間にはなかなか気づけない、文化的な性的抑圧を痛感させられる Icebreaker と 10DANCEでした。
