キャリアに「WILL」はMUST?
皆さんは、自身のキャリアをどれくらい明確に描けていますか?
クリスタルクリアに描けている人もいれば、なんとなくおぼろげなイメージしかない人もいるでしょう。そもそも、あまり考えていないという人もいるかもしれません。
今回はどちらかというと、
「やりたいことがよく分からない」
「キャリアをどう描けばいいか悩んでいる」
そんな方に向けた話です。
とはいえ、明確なキャリアを描いている方にも、何かしら参考になるかもしれないので、シャッターを下ろさず読んでもらえたら嬉しいです。
キャリアの話になると、よく出てくるのがWILL・CAN・MUSTです。
やりたいこと(WILL)
できること(CAN)
やるべきこと(MUST)
この3つが重なるところに、その人らしいキャリアがある。
そんな考え方です。
「3つが重なるのがあなたに合う理想の仕事だから、皆さん、是非そういった視点でキャリアを考えましょう、それではありがとうございました!」
としてこの投稿を終了されたら、少なくとも私が読者なら突っ込みます。
いやいやいや、考え方は分かるよ、けどさ、それってあくまでも“理想”の話じゃない?と。そんなに世の中都合よかぁないよ、と。
そして、このフレームで、よく言われがちなのが「WILLが大切」です。
あなたは何がやりたいんですか?と。
「WILLが大切です!皆さん、何がやりたいか考えましょうね。
では、さようなら!!また逢う日まで!!」
として終わられても、やっぱり私は突っ込みます。
いや、それが分かってたら苦労せんわい、と。
けれど、最近、WILLが大切という時流にあるように思っています。
メディアの影響も大きいとは思いますが。
私は決してそれが悪いというわけでもないですし、否定もしません。
これがやりたいというものを持つことは大切だとも思います。
ただ、若いうちからWILLが無きゃだめ、WILLを持つ人間が偉い、みたいな風潮は、少しリスクがあるのではないか、と思っています。
どんなに優秀な人でも、若いうちはCANが圧倒的に小さい。
だから、WILL・CAN・MUSTの重なり合うところなんて、小さい、下手すると存在しないことだって全然あり得ます。
なのに、WILLが大事ですよ、なんて言い過ぎると、「それ、私がやりたいことじゃないんでやりたくないっす」といった少し地に足のつかない状態になってしまうこともあるのではないかと思うのです。
少し自身の経験を振り返ってみてください。
勉強でも習い事でもスポーツでも何でもいいんですが、親が言うから、先生が言うから、という理由でやり始めたことが、できるようになって、気がついたら楽しくなっていた、やりたくなっていた、という経験はないでしょうか。
これって、順番的にはMUST⇒CAN⇒WILLなんですよね。
そう、WILLは最後です。
まだやりたいことが明確でなく、キャリアを描くのに難しさを感じているなら、まずは目の前のMUSTを懸命にこなしていくことで、CANが増え、その中からWILLが見つかってくる。
そんなアプローチもあるのではないかと思います。
また、今、WILLが明確な人も、今のWILLだけでキャリアを選択するのではなく、MUSTにも応えていくことで、CANが増え、よりWILLの選択肢が広がる、ということもあるのではないでしょうか。
ちなみに、このフレームワークを生み出した企業の方と話す機会があったんですが、彼ら自身も、MUSTの壁を超えない限りWILLは見えてこない、MUSTの壁を乗り越えると仕事が楽しくなってくる、だから、若いうちはまずMUSTに真剣に向き合え、といった使い方をされているそうです。
実は私自身もMUST⇒CAN⇒WILLの順番でした。
現在、私は人材育成や組織開発の仕事をしています。
社員には少しでも成長してもらいたいと思っていますし、そのために挑戦の機会を作ったり、承認したりするよう努めています。
言ってみると、人材育成や組織開発は私のWILLにあたります。
ただ、昔からそういう人間だったか言うとそうではありません。
私は、もともとは、部下の育成に苦手意識を持っていました。コンサルティングファームで(当時ブラックともいえる)激務の中で、自分のことでいっぱいいっぱいだし、育成ってどうしたら良いかわかんないし。
なので、厳しく接しすぎて部下をつぶしたこともあります。
それがまた、苦い思い出となって部下の育成に向き合うことを避けるようになっていました。
ただ、マネージャーに昇進して、さすがに向き合わざるを得なくなった。MUSTがきたわけです。
で、とにかく、どうしたらその部下が育つかを考え、気が付いたことはフィードバックし、とにかくその部下が成長するよう必死に取り組みました。
私はどちらかというと、スイッチが入ってしまうとそのモードになるので、いわば、松岡修造さんばりに熱血上司として日々接したので、その部下からするとたまったもんじゃなかったんじゃないかなと思います。
ただですね。
そのプロジェクトが終わったときにその部下から長いメールが届いたんです。
新卒に毛が生えたような半人前で、生意気な私を懸命に育てようと接してくれて有難かったと。周りは優秀な人ばかりでついていくのも大変だし、会社を辞めようかなとも考えていたが、このように接してくれる上司がいる会社ならば、もう少し頑張ってみようと思った。
そんな内容のメールでした。
私はめちゃくちゃ嬉しかったんですね。このメールが。
このメールが私の人生を変えたと言っても過言ではないです。
私にとっては、「自分のために行動して自分が成果を得る」ことで得られる喜びよりも、私が誰かのために行動してその人が成果を得る喜びの方が大きいということが何よりの驚きでした。
で、その時に気付いたんです。
「自分のために行動して、自分が成果を得る喜び」が1だとしたら、「誰かのために行動して、その人が成果を得る喜び」は、その人の数だけある。1の喜びを100、1000にすることが出来るし、そういう人生を歩みたいなと。
その経験が功を奏してか、コーチングへの道を進むことにもなるんですが、とにかく、そうやって、MUSTだった人材育成が、CANになり、そして今、WILLとなり、そのWILLを全うできるポジションを与えてもらったのが今、となります。
ただ、ここまで読むとMUST→CAN→WILLが「正解」のように見えるかもしれませんが、そういうことが言いたいわけではありません。
WILLから始まるキャリアもあると思います。
私の友人は、大学受験の時点で何がやりたいかを明確にしており、そのやりたいことに合致する大学を選んでいました。
偏差値や、女子大との交流が盛んな大学はどこか、みたいな邪な基準で進路を考えていた私からすると、あまりにもまぶしい存在でした。
だから、若いうちからWILLを持っている人を否定するつもりもありません。
ただ、必ずしも全員がそうではない。
だから、
「WILLがない自分はダメなんじゃないか」
と焦る必要はないのではないでしょうか。
MUST→CAN→WILLという順番も、立派なキャリアの歩み方だと、私は思っています。
WILLから始まるのが唯一の正解であれば、「問い」は「自身は何がしたいのか?」に絞られますが、MUSTから始まるのであれば「自分は何に向き合うべきか?」といった「問い」へと拡がります。
更には、CANから始まるアプローチはあるのかな?自分はどういう流れでキャリアを作ってきたのかな?など、皆さん一人ひとりいろいろな「問い」や「答え」が生まれてくるのではないでしょうか。
あなたにはどんな「問い」や「答え」が生まれましたか?
