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いつの間にか、同じ線に乗っていた夜に|線が違えば、比べられない

こんにちは、ゆきのです。


コンビニを出るとき、前の人の速さに合わせて、
気づいたら同じ歩幅で歩いていることがあります。

急いでいるわけでもなく、追いかけているわけでもない。
ただ、前に人がいると、その速さに足が乗っていた。


角を曲がるタイミングで、その人とは別の方向へ進みました。
歩幅が、もとの自分のものに戻った。

並ぼうとしていたのは、私の足のほうだった。


誰かのことが気になる夜があります。

あの人はうまくやっている。
あの人は進んでいる。
自分はまだここにいる。

そういう感覚が、静かに広がる夜。


以前は、比べてしまう感覚を
「比べてしまう自分がよくない」と、すぐに片づけようとしていました。

もっと自分のペースを大切にしなければ、と言い聞かせていた。

でも何度そうしても、また同じ夜が来た。


そのとき気づいていなかったのは、
比べているのではなく、
同じ線の上に乗ろうとしていた、ということでした。


同じゴールへ向かっていると思っていたから、距離が測れた。

あの人と私が、同じ線の上にいる。
そう思わなければ、比べることはできません。

同じ線の向き。

同じ時間の流れ。


その線の上に無意識に足を乗せていたから、
差が見えてしまった。


その線は、どこから来たのか。

気づかないうちに、自分が引いていたのかもしれない。


コンビニを出てから、少し歩いたところで立ち止まりました。

あの人の速さに乗っていたのは、ほんの数十秒のことでした。


別の方向へ進んだとき、
どちらが速かったかは、もう関係なかった。

行き先が、そもそも違っていた。
 


線が違えば、比べられない。

同じ線の上にいない人と、距離を測ることはできない。

差を感じるとしたら、
自分がその線を引いて、その上に乗ったから。


苦しい比較が来るとき、すぐに答えを出さなくていい。

ただ少しだけ、足元を確かめることはできるかもしれない。


今、自分はどの線の上に立っているのか。

誰かが引いた線か。

気づかないうちに自分が乗った線か。


また同じ線に乗ろうとしている自分に気づく夜は、
これからも来ると思います。

それは、誰かの隣に並ぼうとする、
人の中にある自然な動きのことなのかもしれない。


気づいたとき、一歩だけずれてみる。


角を曲がった瞬間のように、
歩幅が自分のものに戻る。


線が違えば、そこで比べることは、できなくなります。


ゆきの
 



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