夢が見つからない夜に|歩いたあとに見えるもの
心に、ひと呼吸の余白を。
こんにちは、ゆきのです。
「夢は何ですか」と訊かれて、言葉が出てこない夜がありました。
将来の自分。
なりたい姿。
叶えたいこと。
どれを差し出しても、どこか借りてきた言葉のような気がして、胸の奥がすうっと白くなる。
「夢を持たなければ」と思うほど、夢という言葉が、遠くなっていきました。
あれは、仕事を辞めた直後の、何もない午前のことでした。
行き先を決めないまま家を出て、気がつくと川沿いを歩いていました。
特別な目的はなかった。
ただ、靴底が地面を踏む音だけが、やけにはっきり聞こえていました。
川べりの土は、少しやわらかくて。
一歩踏み出すたびに、足のかたちが薄く残る。
振り返ると、自分の足跡が、ここまでの道になっていました。
目的地を決めて歩いたわけではなかったのに、ここまで来た道が、後ろに静かに見えていた。
そのとき、ふと思ったのです。
夢は、向こうに持っていくものではなくて、歩いた跡にできるものなのかもしれない。

帰り道、土手の階段に腰を下ろしました。
手すりが少し冷たかった。
川面に光が細く揺れていて、どこへ向かうとも知れず、ただ流れていた。
あの日の川は、何も追いかけていなかった。
ただ、目の前の低いところへ、少しずつ流れているように見えました。
夢中になれる時間は、
たぶん、夢を持とうと力むときよりも、
足の裏が地面になじんでいるときに、静かに始まるのかもしれません。
今日、朝のコーヒーが少しだけ美味しかった。
歩いていたら、知らない猫と目が合った。
川の音を聞いていたら、肩が少し下がった。
その小さな心地よさが、
足元から少しずつ道になっていくのかもしれない。
これが夢だったのかと問われると、まだわかりません。
でも、振り返ると、
ここまでの道には、
小さな「心地よさ」の足跡がたしかに残っていました。
あの人の話を聞けてよかったと思った夜。
誰かの肩が少しだけ下がるのを見て、胸が温かくなった午後。
そういう小さな足跡が、あとから道に見えることがあります。
もし今夜、夢が見えない気がするなら。
「今日、少し心地よかったことはなんだろう」と、ひとつだけ思い返してみませんか。
答えが出なくても、
そう問いかけた瞬間に、
足の裏が地面を少しだけ確かめているかもしれません。
足跡は、振り返ったときに、はじめて道に見える。
それで、十分なのだと思います。
ゆきの

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