何でもいいが口癖になっている夜に|ただ音量が下がっているだけかもしれない
こんにちは、ゆきのです。
「何が食べたい?」
答えかけて、止まった。
舌の奥あたりで、何かが言葉になりかけて、
またひっこんだ。
「何でもいい」という言葉が、先に出てきた。
その言葉を聞いた相手は、
じゃあこれにしようか、と言って、それで終わった。
終わってから、箸を置いて少し考えた。
本当に何でもよかったのか。
そういうわけではなかった気がした。
「何でもいい」は便利な言葉です。
場を収める。
相手を煩わせない。
自分が決めることの、あの重さを避けられる。
でも続けていると、ある夜気づくことがあります。
自分が何を食べたかったのか、わからなくなっている。
食事のことだけではないのかもしれない。
何をしたいか。
どうしたいか。
どちらへ行きたいか。
問われるたびに「何でもいい」が先に出てきて、
その奥にあったものを、自分でも見えなくしてきた。
以前、面談でこんな言葉を聞いたことがあります。
「私には、したいことがないんだと思います。
ずっと何でもいいで来てしまって」
静かな声でした。
責めているのではなく、ただ確かめるような。
したいことがない、のか。
したいことが、聞こえにくくなっているのか。
その二つは少し違う、と思いながら、
その夜はうまく言葉にできなかった。

帰り道、音量という言葉が浮かびました。
声が出ていないのではなく、音量が下がっている。
そういう状態が、あるのではないか。
希望がなくなったのではなく、
遠慮が先に立って、自分の声が小さくなっている。
聞こえにくくなっているだけで、消えたわけではない。
その見え方が浮かんだとき、
少しだけ違う景色がありました。
「何でもいい」を言い続けると、
遠慮が先に立つことが、自然な順序になっていく。
誰かを思いやろうとした動きが、
最初にあったのかもしれない。
それが積み重なって、声の音量を少しずつ下げてきた。
だから責める話ではないと思います。
ただ、下がったまま気づかずにいると、
自分でも聞こえなくなっていく。
今夜、もし「何でもいい」と言いそうになる場面があったら。
言ってもいいのです。
それしかないときは、それでいい。
ただ少しだけ、その後で自分に問いかけてみてもいいかもしれない。
本当に何でもよかったのか。
それとも、何かあったけれど、
先に遠慮が出てきただけだったか。
答えが出なくてもいい。
問いかけた瞬間に、音量は少しだけ戻ってくる気がします。
声は、消えていなかった。
ただ、長い間後ろへ下げてきただけだった。
どこにあるかわからなくなっていても、
なくなったとは違います。
咲かなくても、あなたは美しい。
ゆきの

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