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十七回、逃げた私が聴く側になるまで


十七回、私は仕事を変えた。


机の上に、真っ白な履歴書が置いてあった。
ボールペンを持って、最初の欄から書き始める。

名前、住所、連絡先。
そのあたりはまだいい。

問題は、職歴の欄だ。

ひとつ書く。ふたつ書く。みっつ書く。

欄が、足りなくなる。

続きを書こうとして、ボールペンの先が止まる。
止まったまま、紙の白さだけが広がっている。

あの感覚を、うまく言葉にできたことがあまりない。

恥ずかしいとか、情けないとか、そういう整理された感情ではなかった。
もっと粘着質で、身体に近いもの。

喉の奥の、うすい詰まり。
胸板の内側を、誰かが静かにこすっているような感じ。
うまく呼吸できているのに、呼吸できていないような。

その紙を、誰かに見せることができなかった。

折りたたんで、鞄の内ポケットに入れる。
家に帰っても出さない。
引き出しの奥に入れる。
次に引き出しを開けたとき、また見ないようにしながら閉める。

いつからそうなったのか、もう覚えていない。
ただ、そういうことを、何度も繰り返していた。



私は、逃げたと思っていた。

今でも、そう思う部分がある。
ただ逃げる気力すら残っていなくなって、ようやく立ち止まったような時期が、確かにあった。

若い頃の私は、自分のことを、かなり正しいと思っていた。
理不尽なことがあれば、理不尽だと思った。
嫌なものは嫌だと感じた。

それ自体は間違っていなかったかもしれないけれど、私はその感覚を、少し乱暴に扱っていた。

誰かが話しかけてくれても、途中で「そうじゃなくて」「それはわかっている」と、自分の言いたいことを優先していた。

ある研修の場で、講師の方に「まず人の話を聴くものだ」と言われたことがある。
その言葉の意味が、当時の私にはよくわからなかった。

ある職場での話を、ひとつだけ書く。

「もっと主体的に動いてください」と、朝礼で言われた。
その翌日に、「勝手な判断はしないでください」と叱責された。

同じ上司から、同じ週に。

あの感覚を、身体で覚えている。

胸の中心で、何かが折れるというよりも、ぐるりとねじれる感じがした。
どちらに向いて立てばいいのか、足元の床がなくなるような感覚。

頭の中では言い返す言葉がいくつも浮かぶのに、実際には何も言えなかった。
言葉が、喉のちょうど中ほどで止まる。

そういう日が続くと、最初は仕事中だけ、頭の中心が締め付けられるように痛んだ。
それがいつの間にか、仕事のある日は一日中続くようになった。
日曜日の夜になると、翌日を前にして突然始まるようになった。
最後には、曜日も関係なくなっていた。

眠れなくなったのは、その頃だった。

どれだけ疲れていても、朝5時出勤の日でも、横になると神経だけが醒めていた。
頭の中はもう回っていないのに、眠れない。
その状態が週に何度も続いた。

眠れない夜、天井を見ていると、昼間に飲み込んだ言葉が順番を無視して戻ってきた。
「主体的に動いてください」と「勝手な判断はしないでください」が、交互に。

どちらが正解なのかを考えているうちに、考えていること自体がわからなくなって、ただ暗い天井だけがそこにあった。

朝が来ても、何も解決していなかった。
ただ、また一日が始まるだけだった。

やがて、精神科の受診という選択肢が出てきた。
すぐに休職になったわけではなく、退職になったわけでもなかった。
ただ少しずつ、追い詰められていたものが、形を変えていった。

だから逃げた、というより、気づいたときには立ち止まっていた。

「こんな場所にいる必要はない」と、自分に言い聞かせながら。

でも本当のところは、ただ怖かっただけなのかもしれない。
言葉にして届けたとして、何も変わらないことへの怖さが、あの頃の私の喉を塞いでいた。

理不尽に怒る力は残っていても、それを言葉にする力は、もうどこにも残っていなかった。

その職場だけではない。

上司の顔色を読みすぎて消耗した職場では、帰りの電車でいつも肩だけが先に力を抜いた。

お客さんの怒りを全部自分の中に引き受けてしまった職場では、家に帰るとしばらく声が出なかった。

自分の仕事がどこへ向かっているのか、誰も教えてくれない職場では、朝、靴を履く前から気持ちが遠くなっていた。

それぞれに理由があって、それぞれに「もうここにはいられない」という瞬間があった。
でも後から履歴書を前にするたびに、それらは全部、自分の弱さの証拠のように見えた。

書ききれない職歴欄が、自分という人間の「しっぽ」みたいに感じられた。
なるべく見せたくない、でも切り離せない、長くて扱いに困るもの。



その冬の朝のことを、よく覚えている。

特別に悪いことが起きた日ではなかった。
いつもと同じ時間に家を出て、いつもと同じ電車に乗って、ただそれだけのことだった。

車内は混んでいて、私は吊り革を持って立っていた。

駅と駅のあいだ、ふっと、何かが抜けた。

感情が溢れる、という感じではなかった。
むしろその逆で、ずっと張っていた何かが、音もなく緩んだ感じ。

そしたら、涙が出てきた。

理由がわからなかった。

何も思い出していなかったし、誰かに何かを言われたわけでもなかった。
ただ電車に揺られているだけで、目の端が熱くなって、次の瞬間には止まらなくなっていた。

周りには人がいる。

うつむいた。

見ていない、見えていない、ここに私はいない、そう思いながら下を向いていた。

靴の先を見ていた。
床の模様を見ていた。
何でもいいから自分以外のものを見ていた。

電車がトンネルに入った瞬間、窓が鏡になった。

反射した顔が、ほんの少しだけ見えた。

見た瞬間、思った。



こんなに苦しかったんだ、この人。



しばらく、その顔から目が離せなかった。
自分の顔のはずなのに、初めて見る人の顔のようだった。

あまりにも長いあいだ、自分の感覚を後ろに置き続けてきたせいで、鏡の中の顔が、どこか他人のように見えた。

こんなに顔に出ていたんだ。

ずっと気づかれないようにしていたつもりだったのに、逃げ場のない電車の窓の中で、その顔はそこにあった。

うつむいて、奥歯を少し噛んで、目の下がうっすら暗くなっていて。

世界から色が消えるという言葉を、その頃はじめて実感として知った。

消えるというよりも、薄くなる感じだった。
目に入るものが全部、半透明になったような。

音は聞こえているのに、どこか遠い。
誰かがすぐそばに立っているのに、自分だけが透明な膜の内側にいる。

次の駅で降りた。

その駅で降りる理由はなかったけれど、降りた。
ホームのベンチに座って、電車が行くのを見送った。



次の電車が来るまでのあいだ、何もしなかった。

どこかのホームで、発車のアナウンスが聞こえた。
自分には関係のない行き先だった。

何もしない時間が、あのとき必要だったのだと思う。
それだけでよかった、と思ったのは、ずっと後になってからだ。

あの頃の私は、一生懸命になりすぎていた。
あの頃の私は、必死だった。

必死であることと、正しく動けることは、同じではなかった。

ベンチに座って、何もしなかった。
ただそれだけのことが、詰まっていた息を少しだけ通してくれた。

あの朝の私に必要だったのは、次の電車を一本見送るだけの余白だった。
そのことを、私はあのホームで、身体から先に学んだ気がする。


何回目の転職だったか、正確には覚えていない。
七回目か、八回目か。

仕事で大型のショッピングセンターに同行したとき、ふと立ち止まった。

手を伸ばせば届く場所に、キラキラした商品が並んでいた。
家族が笑いながら歩いていた。
子どもが商品をおねだりして、親が苦笑いしていた。

明るくて、にぎやかで、誰もが当たり前のようにそこにいた。

私だけが、ガラスの外側にいるようだった。

職を変えるたびに細っていく蓄えと、返済のことが頭から離れず、自分の疲れを後回しにして働き続けていた頃だった。
自分のことを考える余裕が、どこにもなかった。

空を見上げることが、できなくなっていた。
うつむいて歩く癖がついていた。
どこかへ消えてしまいたいような感覚が、疲れとともに底に沈んでいた。

誰かに相談するという発想が、そのころの私にはなかった。
相談できる場所を知らなかったし、知ろうとする気力もなかった。

そんな時期のある日、雨上がりの道端で足が止まった。

小さなつぼみが、そこにあった。

咲いてはいなかった。
雨の雫をいくつもたたえたまま、ただそこにあった。




ああ、なんて綺麗なんだ。



咲いていないのに、美しい。

長いあいだ、そういうものの見方を忘れていた。

灰色だった景色が、その瞬間、色を取り戻した。

なぜそう感じたのか、今でもうまく説明できない。
ただ、気づいたら空を見上げていた。

自分にも同じことが言えるかもしれない、とうっすら思ったのは、その後のことだった。

その数日後、初めて誰かに話してみようと思った。

夜中に、検索窓へ短い言葉を打った。
出てきた相談窓口のひとつに電話をかけるまで、それでも数日かかった。

最初の面談の日、その部屋は思っていたよりも小さかった。

机と椅子が向かい合っていて、窓の外にはほとんど景色がなかった。
棚には冊子や書類が並んでいて、角の一枚だけが少し斜めになっていた。
きっちり重ならないカーテンの隙間から、西日が差し込んでいた。

紙コップに入ったお茶が、机の端に置かれた。

湯気が、細く立ち上っていた。



「どうぞ」と言われたけれど、手を伸ばせなかった。

喉はからからだったのに、そのコップに触れることが、何かを認めてしまうような気がして。
受け取ってしまったら、弱かったことが、本当のことになるような気がして。

手を膝の上に置いたまま、湯気が少しずつ細くなっていくのを見ていた。

精神保健福祉士さんが、向かいに座っていた。

話を始めると、その人はうなずきながら聞いていた。
ときどき「それは」と言いかけて、止まる。
言いかけて止まる、ということが何度かあった。

途中から気づいた。

この人は、言葉を選んでいる。

私が黙っても、急がせなかった。
次の質問を用意しているふうでもなく、ただそこにいた。

その静けさが、最初は怖かった。

責められるより、急かされるより、何も言わずにただ待たれることの方が、あの頃の私には耐えにくかった。

沈黙のあいだ、自分の呼吸の音だけが聞こえる気がした。
次に何を言えばいいのか、言っていいのか、言わなければいけないのか、わからなかった。

でも、その人はただ、そこにいた。

急かさなかった。
補わなかった。
私の言葉の続きを、先回りして埋めようとしなかった。

気がつくと、私は話していた。

言葉になるかどうかわからないまま、口から出てきたものをそのまま置いていくような話し方で。

うまく筋が通っていなかったと思う。
途中で自分でも何を言いたいのかわからなくなった。

それでも、その人は聞いていた。
静かに、ちゃんと私の方を向いて。

声のトーンが、落ち着いていた。
波の音に似ていた。

責めない、急かさない、ただそこにある音。
その声に乗せられるように、言葉が少しずつ出てきた。

声が出なくなるとき、部屋がしんと静かになった。
何度かそういう時間があった。



「辛かったね」



突然だった。

誰に言われたのか、一瞬わからなかった。
私のことを言っているのか、とさえ思った。

その言葉が自分に向けられたものだと気づいたとき、ずっと留まっていた何かが、一気に動き出すような感覚があった。

感情なのか記憶なのか、うまく区別できなかった。
ただ、何かがどっと押し寄せてきた。

あの頃の私は、まだ誰かとの間に壁を作ったままだった。

その一言は、壁の前でしばらく止まっていた。
ゆっくりと、隙間からにじむように入ってきた。

うつむいていた顔が、少し上がった。

部屋が、さっきより広く見えた。
光が明るかった。

土砂降りの雨が、気づいたら晴れていたような。

初めて、受け入れてもらえた。
わかってもらえた。

そういう感覚だった。

ずっと後になってから、気づいたことがある。

緊張しているあいだ、体は疲れを後回しにできる。
恐怖でも興奮でも、強い感情の渦中にいるときは、痛みや重さが少し遠くなる。

重い荷物を運んでいる最中は夢中で気づかない。
下ろしたあとで、腕の奥がじんじんしてくる。

あのとき私は、ずっと何かを運んでいた。

だから安心した瞬間からしか、疲れは体に届かなかった。

「辛かったね」と言われて、その言葉が少しずつにじんでくるのと同じ速さで、私の身体は、やっと持っていたものを下ろし始めた。

その夜、家に帰って、お風呂の中で泣いた。

理由はわからなかった。
でも、少しだけ息がしやすかった。


あの面談室を出たあと、すぐに何かが変わったわけではなかった。
しばらくは、生活を続けることしかできなかった。

それでも、あの時間に受け取ったものが何だったのか、ずっと気になっていた。

誰かを支える仕事がしたい、とはなかなか言えなかった。
言えないまま、時間だけが過ぎた。

それでもある日、社会福祉士の資格を取ろうと決めた。

誰かに勧められたからではなかった。

あの面談室で受け取ったものを、今度は自分が届ける側に立ちたいと思ったのか、それとも、ただ自分の経験に名前をつけたかっただけなのか、今でもはっきりとはわからない。

ただ、テキストを開くたびに、あの頃の職場の感触や、眠れなかった夜の重さが、言葉と重なった。
知識として学んでいたはずのことが、身体の記憶と結びついていった。

初めて相談室に座った日のことを、今でも覚えている。

向かいの椅子に人が座るまでのあいだ、机の上の紙コップを見ていた。
湯気が細く立ち上っていた。

あの日、私が受け取れなかったものと同じものが、そこにあった。

社会福祉士として働くようになって、相談室に座る側が変わった。

ある日、向かいに座った方が、話しながらふと窓の外を見た。

湯気の立つ紙コップを両手で包んだまま、しばらく何も言わず、ただ外を見ていた。
雨が降っていた日だったと思う。

それから、ほんの少しだけ、肩が下がった。

その変化は、見ていなければ気づかないほど小さかった。
数ミリ、あるかないか。

でも、確かにそこにあった。

あのとき私は、そのわずかな変化を、うれしいと思った。
何かを成し遂げたとか、うまく支援できたとか、そういうことではなく、ただうれしかった。

変わるということは、思っていたよりずっと静かな出来事なのだと、この仕事を続けるうちに少しずつ感じるようになった。

声が出なくなった後の沈黙のほうが、声よりも多くのことを話していることがある。

言葉より先に、しぐさが教えてくれることもある。

帰り際に、コートの前をきゅっと合わせる手。
笑ったあと、ふっと息を吐く肩。

そういうものを見ていると、言葉になる前の場所に、その人の本当のところがある、と感じる。

それに気づけるようになったのは、自分がそういう場所にいたことがあるからだと思う。

言葉にできなかった時間が、長くあった。

理不尽を飲み込んだ朝が、何度もあった。

履歴書の欄が足りなくなった夜が、確かにあった。

うまく寄り添える人間になったとは思っていない。
ただ、言葉にならない時間の長さや、変われないように見える日の重さを、前より少し知っているだけかもしれない。

「まず人の話を聴くものだ」。

あのとき意味のわからなかった言葉を、今は向かいの椅子から、教わり直している。

「辛かったね」という一言を、かつて誰かにもらった。

今は、それを届ける側にいる。

もちろん、いつも届くわけではない。

一言も話されないまま、時間が過ぎた面談があった。
突然、涙があふれてきた方がいた。
普段はゆっくり話せるのに、その日だけは筆談になった方がいた。
言葉を確認しようと繰り返すと、全く違う言葉が続いた夜もあった。

そういう日は、次の面談の日時だけを決めて終わる。
それ以外に、できることがなかった。

帰り道、何が足りなかったのかを考える。
答えが出ることもあれば、今でも出ていないものもある。

それでも、あの一言がどういうふうにして人の壁のすき間へにじんでいくのか、受け取る側の身体が知っている。

あの矛盾した指示の職場も、眠れなかった夜も、履歴書の欄が足りなくなった朝も。

当時はただの点だった。
意味も繋がりも見えなかった。

でも今、それらが一本の線になっているのがわかる。

その感覚は、十七回の転職が教えてくれたのだと、今では思う。

誇れることではないかもしれないけれど、捨てることもできない。
あの職歴欄には、ちゃんとそれだけの時間が詰まっていた。


今、机の上に履歴書がある場面を、もう一度想像する。

ボールペンを持って、職歴を書き始める。
欄が足りなくなる。
ボールペンが止まる。

あのとき感じていた粘着質な詰まりは、まだ完全には消えていない。
でも今の私は、その詰まりを、少しだけ別の目で見ることができる。

あれは失敗の記録ではなかった。

地図だった。

行ったことのない道を、行きながら描いていた地図。

どこへたどり着くかもわからないまま歩いたから、その地図には何度も書き直した跡がある。
消した跡がある。
迷い込んだ路地の記録がある。

履歴書が、地図に見えるようになったのは、時間がかかった。
すぐにはそう思えなかったし、今もまだ、あの欄を見るとき少し息が詰まる日がある。

でも、詰まる感じが少しだけ変わった。

恥から来るのではなく、あの時間の重さを、まだ知っているから来る。


今日も、相談室に紙コップを置いた。

湯気が細く立ち上った。

向かいに座った人が、それに手を伸ばすかどうか、私は急がない。


咲く前のままで、美しいものがある。



ゆきの
 



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