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自分を好きになれない日に|炎を通ってきた形でいい

こんにちは、ゆきのです。


「自己受容」という言葉を聞くたびに、
「今の自分を好きにならなければいけない」と感じていた頃がありました。


でも、好きになれない自分をまた責めるような日が続いて、 ある夜にふと気づいたのです。

好きになることと、受け入れることは、少し違うのかもしれないと。



焼き物の世界に「窯変(ようへん)」という言葉があります。


窯の中で、思い通りにならなかった器のことです。
炎の勢いや温度が予測と違い、釉薬ゆうやくが流れ、色が想定外に変わり、 ときには形まで変わってしまう。

本来ならば「失敗作」と呼ばれるかもしれないその器が、 美術館に収まっていることがあります。
窯変の美しさは、意図しなかったことによって生まれるからです。
計画通りに焼き上がった器にはない、炎との対話の痕跡が、そこにある。


私はずっと、「計画通りの自分」をどこかで目指していました。


二十代の頃に思い描いた自分。
もっと安定した仕事をしている自分。
もっと整った関係の中にいる自分。
そこに向かって歩いていたのに、気づけば全然違う場所に立っていた。

転職を繰り返し、心を崩し、助けを借り、回り道をして、今ここにいる。

これは窯変なのかもしれないと思ったのは、ある秋の展覧会でした。
傷のある器が静かに置かれていて、説明には「窯変」と書かれていた。

その器の前に立ったとき、
「失敗ではなかったのかもしれない」という言葉が、
頭の中の言葉としてではなく、からだの感覚として浮かんできました。



今の自分が好きかどうか、今でもわからない日があります。
でも、今の形は「通ってきた後の形」だということは、 少しずつわかってきた気がしています。

割れずに残っている。
炎を通ってきて、今ここにある。
 


自己受容とは、「今の形を好きになること」ではなく、
「今の形が今の私だと知っていること」なのかもしれません。


今夜、自分を責める言葉が浮かんだとき、少しだけ問いを変えてみませんか。

「なぜ計画通りにならなかったのか」ではなく、
どんな炎の中を、通ってきたのだろう」と。


窯変の器は、評価されなくていい。

ただ、そこに在る。


あなたも、そのままで、美しい。


ゆきの



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