日常考察読本⑦-人は、見せられない過去を隠しながら部下を育てている
8月が始まった。
当社では7月で決算が締まり、8月から新しい期が始まる。
新しい期の始まりには、組織変更や人事異動、昇進・昇格がある。
今回、私の部下も一人、マネージャー職へ昇進した。
新卒で入社した頃から、仕事の進め方、顧客との向き合い方、社内での立ち回りまで、それなりに長い時間をかけて育ててきた部下である。
もちろん、今回の昇進は本人の努力によるものだ。
そこは間違いない。
ただ、上司という生き物は、部下が昇進すると心の中で少しくらいは、
「この選手、私が育てました」
という名伯楽の顔をしたくなる。
皆さんの職場にもいないだろうか。
本人よりも誇らしげな顔をしている上司が。あれである。
今回ばかりは、私もその顔をしてよいのではないかと思っている。
昇進面談という名のランチ
昇進後の面談は、ランチミーティングの形で行った。
場所は、新宿御苑にある「カフェ ラ・ボエム 新宿御苑」。
映画『君の名は。』に登場するレストランのモデルとして知られている店である。
昇進のお祝いを兼ねた面談には、少し華やかすぎる気もした。
だが、会社の会議室でパイプ椅子に座りながら、
「今後の活躍に期待しています」
と言われるよりは、パスタを食べながら言われた方が、多少は未来も明るく見える。
人間は、同じ話でもカルボナーラがあるだけで少し前向きになれる。
面談では、マネージャーとして期待する役割や、今後どのようなキャリアを描いていきたいかを話した。
会社が求める役割と本人の希望をすり合わせ、最後に少しだけ精神論的な意気込みも聞く。
会社の面談というものは、どれだけ丁寧に設計しても、最終的には、
「で、頑張れそうですか」
という問いに着地しがちである。
人類は長い歴史の中で、火を使い、文字を発明し、インターネットまで開発した。
それでも昇進面談の最後だけは、いまだに気合いと根性から完全には逃れられていない。
「仕事ができる人には分からない」
話をする中で、彼女からこんなことを言われた。
「○○さんは仕事ができる人なので、できない人の気持ちは分からないと思います」
謙遜も含まれていたのだと思う。
似たようなことは、これまでも部下や後輩から何度か言われたことがある。「○○さんは最初からできた人だから」
「仕事ができる人には、私たちの気持ちは分からないですよ」
言われるたびに、私は少し複雑な気持ちになる。
おそらく、私の共感力が不足しているのだろう。
あるいは、仕事ができるように見せる技術だけが、妙に上達してしまったのかもしれない。
何を任せてもそつなくこなし、会議では適切な発言をし、トラブルが起きても落ち着いている人。
「あの人は、昔から何でもできたのだろう」
そう見えるなのだろう。
だが、気をつけてほしい。
現在の立ち居振る舞いから、その人の新人時代を判断してはいけない。
人間は、過去を隠す。
特に、会社員は隠す。
私も長い会社員生活の中で、話し方、言葉遣い、立ち居振る舞い、会議での発言、上司との距離感、部下への声のかけ方を少しずつ覚えてきた。
言ってみれば、社会人という着ぐるみを、かなり自然に着こなせるようになったのだ。
だから今の私しか知らない人には、私がかつて社会人としてかなり危うい場所を歩いていたことは、想像しづらいのだろう。
しかし、現在の落ち着いた立ち居振る舞いの内側には、今でも一人の若者がいる。
滋賀県の中学校へ無断で侵入し、男子トイレの個室で息を潜めていた若者が。
今回は、そんな社会人一年目の話をしたい。
行動量だけで生き延びた20代
20代の頃、私はとにかく行動量で仕事を覚えた。
商談の数。
アポイントの数。
トラブル対応の数。
企画を実行した数。
会社の飲み会。
上司の持ち上げ。
後輩のフォロー。
同期との交流。
仕事だけでなく、会社員として生き延びるために必要そうなことを、片っ端からやっていた。
戦略的だったと言えば聞こえはよい。
実際には、止まったら死ぬ回遊魚のようなものである。
考えるよりも先に動き、失敗したら翌日にまた動く。
今では「行動量よりも生産性が大切だ」などと、もっともらしいことも言える。だが、生産性について語っている人間も、若い頃はだいたい非効率なことを山ほどやっている。
成功者の話から失敗を取り除くと、急に再現性がなくなるのはこのためだ。
私も失敗を重ねながら、少しずつ営業成績を積み上げ、処世術を覚え、社内での居場所をつくってきた。
だが、最初から順調だったわけではない。
むしろ社会人一年目の私は、かなり危なかった。
特に、生活面が。
社会人一年目、京都支社
社会人一年目の12月、私は京都支社に配属され、京都・滋賀エリアを担当していた。
ようやく一人で営業のアポイントを取り、商談へ行けるようになった頃である。
自分でスケジュールを組み、一人で外出できる営業職の自由さが楽しかった。
上司の目を離れ、知らない街を歩き、顧客と話す。
学生時代にはなかった裁量を手に入れ、私は少し大人になった気でいた。
ただし、営業成績は決してよくなかった。
優秀な同期の中村さんと比べられ、上司から日々、明暗を分けられていた。中村さんが光なら、私は影。
中村さんが正解例なら、私は指導用の失敗事例である。
研修資料を作るなら、中村さんは「望ましい行動」のページに載り、私は「このような行動は避けましょう」のページに載る。
そのくらいの差があった。
ある日、滋賀県草津市にある介護施設へ、朝9時30分から訪問する予定が入った。
その日は京都から直行することになっていた。
訪問先は草津駅からバスで15分ほどの場所にあり、目の前には中学校、それ以外には田んぼや畑が広がっていた。
当時、私は京都の長岡天神駅付近で一人暮らしをしていた。
生活は乱れていた。
食事、睡眠、洗濯、掃除。
人間が一人で暮らすために必要な能力は、営業マニュアルには書かれていない。
そして私は、そのほとんどを持っていなかった。
朝の排便を怠ってはいけない
その朝、私は寝坊気味だった。
慌てて身支度をし、家を飛び出した。
当然、トイレに行く時間も惜しんだ。
今なら分かる。
人間は、重要な商談の日ほど、朝の排便を優先しなければならない。
仕事において準備が大切だと言われるが、資料や名刺だけが準備ではない。
腸内環境もまた、立派な商談準備である。
若い営業マンに伝えたい。
提案資料は前日に準備できる。
名刺も予備を持てる。
しかし、便意だけはクラウド上に保存して後日対応することができない。
私はその重要な工程を省略し、バスを乗り継ぎ、訪問先へ向かった。
施設の前に到着したのは9時15分。
少し早い。
しかし周囲には、コンビニも喫茶店も公衆トイレも見当たらない。
一方で、私の腹部では明確な組織再編が始まっていた。
トイレに行きたい。
だが、訪問先に着いて早々、
「初めまして。営業の○○です。トイレを貸してください」
と言う勇気はなかった。
若き日の私にも、営業マンとしての矜持があった。
方向は完全に間違っていたが、矜持だけはあった。
普通に訪問先でトイレを借りればよい。
商談前にトイレを借りた営業マンを理由に、契約を断る会社はおそらくない。しかし当時の私は、その当然の選択肢を捨てた。
そこで目に入ったのが、向かいにある中学校だった。
校門は開いている。
体育館の横には、外から入れそうなトイレがある。
私は考えた。
少し借りるだけなら、大丈夫なのではないか。
大丈夫ではない。
今考えれば、完全なる不法侵入である。
しかし当時の私の判断力は、便意によって著しく低下していた。
人間は追い詰められると、本来選ばない選択肢を選ぶ。
進化心理学的には、生存を優先した合理的行動だったのかもしれない。
法的には、ただの不審者である。
中学生に包囲される
私は中学校へ侵入し、体育館横の男子トイレに入った。
そして個室に入り、ようやく危機を脱した。
そう思った直後だった。
体育の授業が始まる時間だったのか、複数の男子生徒がトイレへ侵入してきた。
改めて説明しておく。
彼らは普通に、自分たちの学校のトイレへ入ってきただけである。
侵入者は私だ。
当然ながら、中学生男子は男子トイレの個室に誰かが入っていれば、いじりたくなる。
その習性は、地域や時代を問わず、おそらく普遍的なものである。
人類が宇宙へ進出しても、男子中学生は宇宙船のトイレで同じことをするだろう。
一人の生徒が言った。
「おー、誰か大便しとるぞー」
私は黙った。
返事をしてはいけない。
社会人が中学校のトイレに無断で侵入し、大便をしている。
文字にすると、一気に事件性が増す。
私の頭の中には、いくつもの言葉が浮かんだ。
そして、アポイントまで残り5分。
私は個室の中で、息を殺した。
二分ほど沈黙が続いた。
すると、別の生徒が言った。
「あれ? 何も反応しよらんぞ」
さらに別の生徒が続ける。
「これ、マジもんのヤバいやつじゃね?」
正解である。
私は社会人一年目にして、中学生から極めて正確な人物評価を受けていた。
彼らは私の顔も名前も経歴も知らなかったが、状況把握能力だけは非常に高かった。
その後も、個室の外からいじられ続けた。
体感では30分。
実際には3分ほどだったと思う。
人間は危機的状況に陥ると、時間を長く感じる。
脳が周囲の情報を細かく処理し、生存確率を高めようとするからだとも言われている。
あのときの私の脳も、必死に情報を処理していたのだろう。
残念ながら、処理されていた情報の大半は、
「大便しとるぞー」
だった。
やがて、授業開始のチャイムが鳴った。
男子生徒たちは、
「行こうぜ」
と言い残し、トイレから出ていった。
助かった。
私は静かに個室から出た。
手を洗い、周囲を確認し、中学校を全力で脱出した。
営業マンというより、逃走中の容疑者である。
9時30分、何事もなかった顔で
中学校を出た私は、そのまま向かいの介護施設まで走った。
そして、ちょうど9時30分。
呼吸を整え、スーツの乱れを直し、何事もなかった顔で玄関のチャイムを押した。
「お世話になります。株式会社○○○○の〇〇です」
社会人とは、どれほど取り乱していても、玄関の前で一度リセットできる生き物である。
数分前まで中学生に包囲されていた男が、急に営業マンの顔をつくる。
人間の適応能力とは恐ろしい。
堂々とプレゼンしている営業マンも、直前まで何らかの問題を抱えていた可能性がある。
電車を乗り間違えたのかもしれない。
上司に怒られていたのかもしれない。
ズボンのファスナーが開いていたのかもしれない。
あるいは、中学校から走ってきたのかもしれない。
人は見た目だけでは分からない。
商談は、なぜかうまくいった。
無事に依頼を受注することができた。
おそらく、極限状態を乗り越えた直後だったため、余計な緊張が消えていたのだと思う。
失うものがない人間は強い。
すでに社会的尊厳の大部分を中学校のトイレに置いてきた私は、顧客の前で堂々と話すことができた。
上司にも、見せられない新人時代がある
そんなぎりぎりの状態で社会人生活を送っていた私も、今では38歳になり、部長職として部下の昇進面談をしている。
不思議なものである。
目の前の部下からは、
「○○さんは仕事ができる人だから」
と言われる。
だが、私も最初から仕事ができたわけではない。
失敗し、恥をかき、怒られ、誰かと比較され、何度もぎりぎりで切り抜けながら、少しずつそれらしい人間になってきただけだ。
皆さんの上司も、今では偉そうな顔で会議に座っているかもしれない。
しかし、その人にも新人時代がある。
顧客の名前を間違えたかもしれない。
大事な資料を忘れたかもしれない。
取引先へのメールを社内の悪口付きで誤送信したかもしれない。
そして、ごくまれに、中学校のトイレへ無断で侵入した人もいる。
仕事ができるように見える人の多くは、最初から完成していたわけではない。
人に見せられない失敗を、見えない場所に積み重ねてきただけである。
だから部下が失敗したとき、私はなるべく、
「なぜ、そんなこともできないのか」とは思わないようにしている。
少なくとも、その人はまだ、中学校へ不法侵入していない。
それだけで、社会人一年目の私よりは順調である。
部下を育てるということは、自分の成功体験を教えることだけではない。
自分がどれほど未熟だったかを忘れずにいることでもある。
過去の失敗を全部美談にする必要はない。
失敗には、学びになるものもあれば、単に反省すべきものもある。
私の件は、完全に後者である。
それでも、あの失敗があるからこそ、部下の未熟さを少し長い目で見られる。
人間は、自分の恥を覚えている分だけ、他人に優しくなれるのかもしれない。
昇進とは、立派になることではない
昇進した部下には、これから多くの失敗が待っているだろう。
判断を誤ることもある。
部下への伝え方に悩むこともある。
自分にはマネージャーが向いていないのではないかと、落ち込む日もあるかもしれない。だが、昇進とは、急に立派な人間へ変身することではない。
失敗しなくなることでもない。
自分の失敗だけでなく、部下の失敗まで引き受ける側へ回ることだ。
そのためには、成功体験だけでなく、自分がどれほど不完全だったかを覚えておく必要がある。
読者の皆さんも、今うまくできないことがあったとしても、あまり悲観しなくてよい。
今は人に見せられない失敗も、十数年後には誰かを励ます話になっているかもしれない。
時間が経てば、たいていの失敗は経験談になる。
さらに時間が経てば、笑い話になる。
ただし、すべての失敗を経験する必要はない。
中学校への不法侵入だけは、私の実例で十分である。
ちなみに、あの日トイレの外から、
「これ、マジもんのヤバいやつじゃね?」
と言った滋賀県の男子中学生たちへ。
君たちの観察眼は正しかった。
あのマジもんのヤバいやつは、今、部長職として人材育成をしている。
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