それ、本当に主体性ですか?|⑤「自由にしていいよ」で主体性は育つのか
主体性を育てるためには、自由が必要です。
こどもが自分で選ぶ自由。
遊び込む自由。
考える自由。
試してみる自由。
失敗する自由。
大人であれば、やり方を工夫する自由。
意見を出す自由。
挑戦する自由。
自分なりに改善する自由。
自由がなければ、人は自分で考える機会を失ってしまいます。
けれど、ここで一度立ち止まって考えたいことがあります。
自由にさせれば、主体性は育つのでしょうか。
私は、自由だけでは主体性は育たないと思っています。
なぜなら、主体性には自由だけでなく、目的、責任、関係性が必要だからです。
自由とは、選べる状態です。
主体性とは、選んだことに意味を持ち、その結果に向き合い、周囲との関係の中でよりよい行動を選んでいく力です。
つまり、自由は主体性を育てるための大切な条件の一つです。
でも、自由そのものが主体性なのではありません。
こどもの遊びで考えてみます。
「好きに遊んでいいよ」
これは、一見すると、こどもの主体性を尊重しているように見えます。
もちろん、自由に遊べる時間はとても大切です。
でも、その空間に安心感がなかったらどうでしょうか。
道具の使い方がわからなかったらどうでしょうか。
友だちとの関わり方に困っていたらどうでしょうか。
自由があっても、こどもは本当に遊び込めないことがあります。
大切なのは、自由の中に、安心できる土台と、考えるきっかけがあることです。
保育でいえば、環境構成が大切です。
こどもが自分で選べるように道具が整っている。
遊びが広がるように素材が用意されている。
危険なことは防ぎながら、試せる余白がある。
大人が必要以上に介入せず、必要な時にはそっと支える。
そのような環境の中で、こどもは自由を使って、主体的に遊び始めます。
職場でも同じです。
「自由にやっていいよ」と言われても、目的が共有されていなければ、何を基準に判断すればよいかわかりません。
「任せるよ」と言われても、どこまで決めてよいのかが曖昧であれば、不安になります。
「好きにしていい」と言われても、失敗した時に強く責められるなら、人は挑戦しません。
自由は、放っておくことではありません。
自由には、枠組みが必要です。
ここまでは自分で決めてよい。
困った時は相談してよい。
この目的に向かって考えればよい。
失敗したら責めるのではなく、振り返ればよい。
その土台があるからこそ、人は安心して自由を使うことができます。
自由には、二つの側面があります。
一つは、選べる自由。
もう一つは、選んだ後に向き合う責任です。
主体性を育てるためには、この両方が必要です。
選ばせるだけでは足りません。
選んだ後にどうだったかを一緒に振り返ること。
うまくいかなかった時に、次にどうするかを考えること。
自分の選択が、周りにどのような影響を与えたのかにも目を向けること。
そこまで含めて、自由は主体性につながっていきます。
こどもにとっても、大人にとっても、自由は魅力的です。
でも、自由は時に不安でもあります。
何を選べばよいかわからない。
失敗したらどうしよう。
本当にこれでよいのだろうか。
だからこそ、自由を与える側には責任があります。

自由を与えるとは、任せっぱなしにすることではありません。
相手が自分で考えられるように、安心と枠組みを整えることです。
主体性とは、好き勝手にする力ではありません。
自由の中で、自分で考え、自分で選び、その結果に向き合いながら、よりよい形を探していく力です。
自由があるから、主体性が育つのではありません。
自由をどう使うかを、一緒に考える経験があるから、主体性は育っていくのだと思います。
次回は、「主体性と放任のちがい」について考えます。
自由と放任は、似ているようでまったく違います。
見守ることと、何もしないことの違いを、保育や職場の場面から一緒に考えていきます。
