リハビリを止める「下痢」の正体—PPIがリハ阻害因子になる理由と対策
薬剤師がFIMを動かすシリーズ #4
「下痢が続いてリハどころではないので、今日はリハビリをお休みします」
「トイレが間に合わなくて、車椅子での移動訓練が進みません」
下痢は、
患者さんの体力や気力を削ぐだけでなく、
FIMの「トイレ動作」「移動」「排泄管理」
などのスコアを
物理的に止めてしまう大きな要因です。
その下痢、
実は胃薬(PPI)のせいかもしれません。
今回は、意外と見落とされがちな
薬剤性下痢(特にPPIによるコラーゲン線維性大腸炎など)と、リハへの影響について解説します。
▶このシリーズは、回復期リハ病棟でのFIM改善に薬剤師がどう関わるかをテーマにしています。他のシリーズがまだの方は、ぜひ読んでみてください。
■なぜ「下痢」がリハの最大の敵なのか
下痢が続くと、リハビリテーションは次のような形で制限されます。
体力の消耗:脱水や電解質異常により、訓練室への移動すら困難になる。
訓練時間の消失:頻回なトイレ往復で、予定していたプログラムがこなせない。
FIMスコアの停滞:介助なしではトイレに行けない(間に合わない)ため、「トイレ動作」や「排尿・排便管理」の自立度が上がらない。
特に、脳卒中の急性期から
回復期に移ってきたばかりの時期は、
新規開始された薬剤の影響が出やすい
タイミングでもあります。

■ 見落とされがちな「PPIによる下痢」
胃酸分泌を抑えるPPI(プロトンポンプ阻害薬)は、逆流性食道炎や潰瘍予防として広く使われています。
しかし、PPIの副作用として「下痢」は有名です。
特に注意が必要なのが、
次の2つのメカニズムです。
① 顕微鏡的大腸炎(Microscopic Colitis: MC)
特にタケプロン(ランソプラゾール)で報告が多い副作用です。
内視鏡で見ても異常がないのに、
組織を調べると大腸にコラーゲン層が蓄積している(コラーゲン線維性大腸炎)ことがあり、
水様性の下痢が続きます。
② 腸内細菌叢の変化(Clostridioides difficile感染症など)
胃酸が抑えられることで腸内の殺菌力が落ち、
細菌の異常増殖を招いて
下痢を引き起こすことがあります。
私の印象では、脳卒中で急性期に入院し、
PPIを開始してから2〜4週間後。
ちょうど回復期病棟に移ってきたタイミングで
この下痢が顕在化することが多いです。
環境の変化によるストレスと思われがちですが、
実はお薬の副作用の『旬』の時期に重なっているんですよね。
■ 薬剤師がチェックすべきサイン
「リハビリが進まない下痢」に遭遇した際、
薬剤師が確認すべきポイントを
整理してみました。
PPIの開始時期:急性期から開始、または増量されていないか。
便の性状:水様便が続いているか。
他職種からの情報:
「看護師:整腸剤を出しても一向に良くならない」
「PT:下痢のせいで立ち上がり訓練ができない」
「本人:お腹は痛くないけど、水みたいな便が出る」
特に「腹痛がないのに水のような下痢が続く」のは、PPIによるMCの典型的なサインの一つです。
他職種からの情報を拾うだけでなく、
処方箋の「変化」に敏感になることも
大事だと思っています。
ロペラミドなどの止瀉剤だけでなく、
ミヤBMなどの整腸剤が追加されたとき。
「下痢してます?」と聞くと、
「軟便が止まらなくて、回数も1日何回も出るの」
という看護師さんの切実な声が返ってきます。
さらに、認定褥瘡薬剤師の視点として
見逃せないのが「外用薬」。
臀部に亜鉛華軟膏や
アズノール軟膏が処方されたときは要注意。
下痢が続くと、
皮膚が常に湿潤し便の刺激にさらされます。
すでにIAD(失禁関連皮膚炎)を引き起こしていることも珍しくありません。

イメージにしてみました。
PPIが原因であれば、
IADを防ぐこともできるかもしれません。
そうなってしまったときの
患者さんの苦痛やリハビリ意欲の低下は
相当なもの。
皮膚を守るためにも、
その大元である「下痢(薬剤)」を止める
アプローチは不可欠です。

■ 下痢を「止める」のではなく「原因を抜く」
下痢に対して安易に止瀉剤(ロペミン等)を使うのは、原因が薬剤である場合は逆効果になることもあります。
「原因薬剤を中止・変更する」ことこそが、
最も早い解決策になる場合が多いのです。
初めてPPIによる下痢を疑って
医師に疑義照会したとき。
患者さんから
「下痢が止まった!本当にありがとう!」
と笑顔で言われたことがあります。
あの日、勇気を出して提案してよかったと
心から思いました。
■ 医師・チームへの提案例
私は下痢に悩むチームに対して、
このように切り出しています。
「下痢の影響でリハビリが計画通り進んでおらず、FIMの改善が停滞しています。
現在服用中のタケプロン(ランソプラゾール)による副作用(MC)の可能性を疑っています。
一度PPIを中止するか、
H2ブロッカー等へ変更して経過を見ませんか?
下痢が改善すれば、リハビリの強度を上げられ、
FIMの向上につながると思います。」
もちろん、
すべての下痢がPPIによるものとは限りません。
気温の変化や他の要因が重なって
起こることも多いでしょう。
でも、いろいろ検討した結果
「PPIが原因かも!?」と思ったら、
このセリフのように提案してみてください。
あなたの行動が、
患者さんの『これから』を変える
第一歩になるかもしれません。
■ 最後に:PPIは「悪者」ではない
誤解してほしくないのは、
PPIは決して悪者ではないということです。
脳血管疾患後の出血予防や、抗血小板薬・NSAIDsとの併用、GERD(胃食道逆流症)の治療など、PPIが必要な患者さんは数多くいらっしゃいます。
大切なのは「漫然投与」になっていないかを
見極めること。
リスクのある薬を飲んでいるか?
今、消化器症状はあるか?
H2ブロッカーや胃粘膜保護薬へのステップダウンは可能か?
こうした視点を持ち、
患者さん一人ひとりの「今」に合わせた
最適な処方をチームで考える。
それが、FIMを動かし、患者さんの生活を守ることに繋がると信じています。
■ まとめ
下痢はリハビリを「物理的に止める」リハ阻害因子である。
PPI(特にタケプロン)による薬剤性下痢は、腹痛を伴わない水様便が特徴。
「下痢=止瀉剤」ではなく、「下痢=薬剤の見直し」の視点を持つ。
FIMのトイレ項目や移動項目を伸ばすために、薬剤師が「原因抜き」を提案する。
下痢が治まった瞬間に、
それまで停滞していたリハビリが劇的に進み出すことがあります。
その「一歩」を薬学的な視点で支えるのが、
回復期薬剤師の醍醐味です。
次回(#5)は、もう一つの重大なリハ阻害因子「低カリウム血症と抑肝散」について解説します。
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