こと葉になりたかった私が、回復期の真髄を知った日
突然ですが、みなさん!
原田マハさんの小説『本日は、お日柄もよく』という小説、読んだことありますか??
こと葉という平凡なOLが、スピーチとの出会いをきっかけに「言葉の力」に目覚めてスピーチライターとして成長していく物語なんですが、私の大好きな小説なんです💕
少し前に、この小説を読み返していたら、その頃のことを思い出したので、今日は当時の日記をもとに一つのエピソードを書いてみたいと思います。
今でこそ、回復期リハ病棟で「ベテラン薬剤師」と呼ばれるようになったけれど、5年目の私はとにかく空回りばかりしていた。
今日は、こと葉になりそこねた日だ。
回復期リハビリテーション病院の病棟薬剤師、HONO。
入院時持参薬の鑑別から、ポリファーマシーの整理、リハを邪魔しそうな薬の減量提案、退院前の服薬指導まで、仕事だけはそれらしくこなしているつもりだった。
でも心のどこかで、「薬だけじゃなく、言葉でも患者さんを前に進めたい」と思っていた。
きっかけは、
とあるスピーチライターの小説だった。
言葉で人の心を動かす主人公に憧れて、
私は密かに決めたのだ。
「いつか病棟で、誰かの心を震わせる名スピーチをしてみせる」と。

薬のことを学ぶべきだったと反省しています(笑)。
けれど現実の私は、名スピーチどころか、
薬剤師としても言葉の使い方でも、
空回りマシーンだった。
その日、午前中の最初の仕事は、
新入院の持参薬確認だった。
脳梗塞後でリハ中のAさん。
紹介状とお薬手帳を見て、私は軽く息をのむ。
「…これ、何剤出てるんだろう」
降圧薬、抗血小板薬、胃薬、眠剤、痛み止め、サプリらしき何か。
回復期ではよくある“てんこ盛りセット”だ。

ほんと10剤くらい飲んでる方いますよね💦
とりあえず処方歴を整理しながら、
私は頭の中で台本を組み立てていた。

――導入:薬が多くて大変ですよね、と共感。
――メッセージ:リハビリに集中できるよう、一緒に薬を見直す提案。
――クロージング:ここが“ターニングポイント”だと格好よく締める。
完璧だ。
私はAさんの病室へ向かい、ノックした。
「Aさん、こんにちは。薬剤師のHONOです。お薬を拝見してもよろしいですか?」
いつものように自己紹介して、
持参薬をテーブルに並べていく。
見慣れた薬たち。
だけど、今日はいつもより少し
ドラマチックに説明したかった。
「ずいぶんたくさん飲んでいらっしゃいますね。毎日、管理が大変じゃないですか?」
Aさんは、肩をすくめる。
「正直ね、もう何を何のために飲んでるのか、よくわかんないんだよ」
よし、導入は成功!
ここからが薬剤師・HONOの見せ場だ。
「実は、今って“薬を増やす時期”から“減らしていけるかもしれない時期”に変わってきているんです。ここから先、リハビリに集中できるように、お薬の整理を――」
「減らせるなら、全部減らしてよ!」
私の「ターニングポイント」トークは、
Aさんの一言であっけなく折れた。
「こっちはリハでクタクタなのに、眠剤飲んでも眠れないしさ。朝はふらつくし、薬飲んで元気出てるのか、余計にだるいのか、もうわかんないんだよ。」
眠剤の名前を見て、
私は内心で「やっぱりか」とつぶやく。
高齢の方には少し強めの薬が、
しっかり毎晩処方されている。
ここで本来なら、
「ふらつきの原因となっているかもしれないので、主治医に減量を相談しますね」
と、シンプルに伝えればよかったんだと思う。
でも、そのときの私は違った。
「ここが、薬との付き合い方の“分岐点”かもしれません。一緒に、新しい一歩を――」
言いながら、自分でも「うすい」と思っていた。
Aさんは、わずかに眉をひそめる。
「分岐点とか、そういう大げさなのはいいからさ。ふらつくのが薬のせいなら、早く何とかしてよ」

ぐうの音も出ないとは、このことだ。
名スピーチどころか、
「いや、そこじゃない」と一刀両断されてしまった。
病室を出た私は、廊下で深いため息をつく。
「HONOちゃん、また盛大にやらかした顔してるねえ」
振り向くと、
回復期のベテラン看護師・H師長が立っていた。
この病棟で一番頼りになる、
職種は違えど、私の“師匠”みたいな人だ。
「Aさんに、薬のドラマチックな話をしようとして、見事にすべりました」
正直に白状すると、H師長はふっと笑った。
「ドラマチックな薬の話って、なかなか高度だねえ」
「薬でリハビリを支えたいっていう思いは、本気なんですけど…」
「HONOちゃんさ、Aさん、何に一番困ってるって言ってた?」
「…ふらつきと、だるさと、眠れないのと…」
言いながら、自分がさっき何を優先して話していたかに気づく。
私は“薬物療法の再構築”とか“分岐点”とか、カッコいい言葉ばかり並べていた。
「回復期の薬剤師の仕事ってさ」
H師長は、カートを動かしながら続けた。
「薬を“どうするか”を考える前に、患者さんの“今日、一番困ってること”を聞き出すところからなんじゃないの?」
「スピーチも薬も、いきなり全体最適とか言い出すと、だいたい空回りするんだよね」

優しくしてくれてありがとう😢
ぐさり、と胸に刺さる。
午後、私はもう一度Aさんのもとを訪ねた。
カルテにはすでに、
「眠剤減量検討」のメモを主治医向けに残してある。さっきの自分を反省して、今回は台本なしで行くと決めた。

「さっきは、急にいろいろ言ってしまってすみません」
そう切り出すと、Aさんは意外そうな顔をした。
そして私はこう続けた。

患者さんの『困ってる』を聴く。
少しの沈黙のあと、
Aさんはぽつぽつと話してくれた。
「朝、トイレでさ。手すりつかんだのに、足がついてこなくて。 “前はできたのになあ”って思ったら、急に全部イヤになったんだよね。リハも薬も、“頑張って飲め”“頑張って動け”って言われてる気がしてさ」

私は、持参薬に視線を落とす。
眠剤、痛み止め、ふらつきそうな薬たち。
「前はできたことができないし、薬を飲んでるのに、むしろしんどくなってる気がする
…それが一番、しんどいですか?」
「…そう。うん、それ」
私は、ノートに書いた“名スピーチ”を思い出しながら、別の言葉を探した。
こと葉みたいな完璧なフレーズは浮かばない。
でも、薬剤師として言えることがひとつだけある。
「じゃあ、まずは“薬のせいでしんどい部分”を減らしていくところからやってみませんか。眠剤は主治医と相談して弱めにできそうですし、朝のふらつきも、調整できるかもしれません」

Aさんは、私の顔をじっと見る。
「そんなこと、できるの?」
「はい。それが、回復期の薬剤師の仕事です」
ここでようやく、
私は自分の肩書きを正面から使えた気がした。
名スピーチでも、きれいな物語でもない。
ただ、「薬で邪魔しているところを減らす」という、
ごくごく実務的な提案だ。
「“頑張れ”って追い込むんじゃなくて、“これならやれそうかも”ってところまで負担を下げるのが、私の役割だと思ってます」
そう付け加えると、Aさんはふっと笑った。
「なるほどね。じゃあ、ちょっと付き合ってみるか、その“薬の整理”ってやつに」
リハ室へ向かうAさんの背中は、
朝より少しだけまっすぐに見えた。
たぶん、客観的にみれば誤差の範囲だ。
でも、回復期の現場では、
その“誤差”を生むために、
薬もリハも全部が動いているんだと思う。
夕方、記録を書きながら、
私はふとペンを止めた。
――回復期の薬剤師の真髄って、なんだろう。
劇的な新薬を導入することでも、
華々しい処方変更を提案することでもない。
眠れない夜や、ふらつく朝や、「もうイヤだな」と思う午後を、薬の調整と、ちょっとした言葉で、少しだけマシにしていくこと。
その積み重ねの先で、患者さんが「まあ、もう少し頑張ってみるか」とつぶやけるようにすること。
それが、回復期病棟に常駐する薬剤師に求められている役割なんじゃないかと、思っている。

あなたはどうですか??
そんな風に思っていると、
同僚の薬剤師がひょこっと顔を出した。
「HONO、明日のカンファでの発言、持ち時間は三十秒までだからね。 薬の説明も、“今日のひと言”にまとめてきてよ?」
「三十秒で、薬の作用機序からエビデンスまで語れないんだけど」
「誰も作用機序から聞きたがってないから大丈夫(笑)。」
あまりに的確なツッコミに、
私は笑ってうなずいた。

短くまとめる力なのかもしれない・・・
こと葉みたいな名スピーチは、
結局あの日もできなかった。
でも、“薬剤師としての今日のひと言”なら、
あのときの私にも何とか届いたんだと思う。
▶関連記事
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!いただいたチップはオロナミンCの購入費としてモチベーションと活力アップに使わせていただきます✨