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そのまま消えたりはしないでよ?

マジカルスモーキンボーイ
Mr.FanTastiC


私は焦っていた。
きっとあともう少しで彼女が来てしまう。
どうしよう。
チャットで知り合った女性が、たまたま近所に住む人だったのだ。
話をしていくうち、相手が「今から会おう」と提案してきた。
さすがに抵抗があったわたしは、返答を濁していたのだが、「もう向かってるよ 笑」というメールが来てから、彼女との連絡が途絶えてしまっていた。
彼女の住んでいる場所から公園までは徒歩で30分はかかるはず。
時間は22時を過ぎたぐらい。
私は本当に会っていいのかどうか悩んでいた。
このまま無視しておけばいいんじゃないか。
そう思ったのだが、大体の家の位置を彼女に教えてしまっていた。
周りにも何軒か家はあるのだから特定のしようはないのだけれど、もし逆恨みされて家に乗り込んできたらどうしようなんて心配もあった。
そんなことは無いのだろうけど。
それに、もう向かっていると言われてしまった手前、行かないのも失礼なのか?
祖母はもうとっくに寝ているし、こっそり抜け出せば気づかれないかもひれない。
いやしかし…相手は知り合ってたった数時間の年上の女性だし、顔も写真で少し見た程度だし、素性が知れない。
こんな時間にいきなり会おうと言ってくる時点で、ちょっと変わった人には違いない。
いやいやでも、大学生というのはそういうものなのか?
それとも私が心配性なだけで、みんな案外こういうノリで生きているのだろうか?
なんてことをあれこれ考えてるうちに、どんどん時間は過ぎていった。
メールが途絶えてからもう20分は経つ。
そろそろ着く頃か…。
覚悟を決めなければ。
私はパジャマにピンクパンサーの健康サンダルという、お洒落もへったくれもない格好で家を飛び出した。
ギリギリまで迷っていたせいもあって、着替える間もなかった。
ヤバそうな人だったらダッシュで逃げよう。
自然と駆け足で公園に向かった。
私はこの出会いに微かな不安を感じてはいたが、今になって思えば、実はこの非日常的な体験をどこかで楽しんでいたのかもしれなかった。

彼女とは無事に公園で出会えた。
待ち合わせ場所に着くや否や、彼女は近くにあったベンチに腰を下ろし、持っていたタバコに火をつけた。
「こんなに近くに住んでたの、本当に偶然だよね」と、あっけからんとした様子で話す。
なんだか話し方の距離感が近い。
当の私は野ざらしのベンチにパジャマのまま腰を下ろすのは気が引けてしまい、彼女のそばで立ちながら話を聞いていた。
写真で見た通り、目が細く髪は長め、アンニュイな雰囲気をまとった女性だった。
見た目に反して結構お喋りなタイプで、私は緊張もあってか彼女の話に相槌を打つので精一杯だった。
彼女は大学生で、社会人の彼氏と付き合っているらしい。
彼は一人では何も出来ない人だからと、定期的に家に行って家事をやってあげているようだった。
彼が喫煙者だったから私もタバコを始めたの、とも話していた。
案外尽くすタイプなのかもなと思った。
ちなみに私は当時中学生である。
5〜6歳は年上だったと思う。
まだ大した恋愛経験もない私は、大人の恋ってこういう感じかあとぼんやり話を聞いていた。

私は自分からは口を開かなかったので、割と早い段階で会話が尽きてしまった。
夜の静寂さも相まって、無言の時間の気まずさが際立つ。
私はそれをなんとか誤魔化そうと軽く口笛を吹いた。
途端、彼女は「それやめて!苦手だから」と耳を塞いだ。
ごめん…とだけしか言えず、あぁもう帰りてえなと思った。
そんな空気を察してかどうかは分からないが、彼女はベンチの空席をとんとんと叩きながら「おいで」と私に言った。
その仕草にはドキッとしたものの、私は静かに首を振ってそれを拒否した。
だってタバコ臭いし…隣になんか座ったら何されるか分かんないし…。
結構明確な拒絶だったと思うのだが、それも彼女は全く気にしていない様子で、「なんでよ」と笑っていた。
なんだかこの人と話していると、自分のペースが強すぎて調子が狂う。
私は「家の人が心配してるかもしれないから」とかなんとか適当な理由をつけて、解散を促した。
その後もしばらく彼女は何かしら話していたが、早く帰りてえなという気持ちが強すぎて完全に上の空だった。
どんな会話をしていたかは全く覚えていない。

それから彼女とは連絡を一切取らなくなった。
結局この訳の分からない一晩の邂逅は、私の中でなんとも言えない微妙な思い出となった。
それでも、タバコと恋愛を絡めた歌を聴くと、いつもフワッと彼女のことを思い出す。
"アタシとタバコどちらが好きかは聞かないわ どうせ負けるから"
なんだか彼女に似合うフレーズだなと思った。
それだけの話。

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