言われるともやもや感が最大! 敬語のつもりが拒絶に?「かねます」言葉の違和感を考える
「〜できかねます」って言われると、なんだか冷たく突き放された気がする。
そんなふうに感じたこと、ありませんか?
たとえば……
「そちらについてはできかねます」
「LINEでメッセージいただいても対応できかねますのでご了承ください」
「お手伝いをするというのはできかねます」
「本メールは送信専用のため、返信をいただいてもお受け取りができかねます」
最近では、こうした「〜かねます」という言い回しを、企業からのメールや問い合わせ対応などでよく見かけるようになりました。
私自身、ここ数年でとくに増えてきたと感じていますが、どうやら10年ほど前からじわじわと広まり始めていたようです(*1)。
けれど、私が高校を卒業して進学やアルバイトに向けて、
日本語の敬語・丁寧語を体系的に学ぼうとビジネス書を読み込んでいた頃、
こうした「〜かねます」という表現は、敬語として紹介されていませんでした。
それが今では、企業の接客・カスタマーサポートの研修などで、
「丁寧な言い回し」として推奨されているケースが多くなっています。
実際に、「〜かねます」を丁寧語・敬語として紹介している大手企業の記事も複数あります(*2,3,4)。
では、なぜこの表現が、企業にとっては敬語や丁寧語として使用が推奨されているのに、言われた側にとっては「突き放された」と感じさせてしまうのか?
背景には、カスタマーハラスメント(カスハラ)の深刻化や、
企業側の防衛姿勢の強まりがあるようです。
今回の記事では、「〜かねます」という表現がなぜこんなにも神経を逆なでするのかについて、深く掘り下げて分析してみました。
「かね」が使われる表現は2つの意味がある
この「かね」が使われる表現には、大きく分けて2種類あります。
1. 「〜かねない」
2. 「〜かねます」
まずは、日常でもよく見かける「〜かねない」のほうから見てみましょう。
「猛暑が続いて体調を崩しかねない。」
「習い事をやめるといいかねない。」
「責任感が強い人なので、これを知らせたら、無理してでも会社に行くと言いかねない。」
どれも、「そうなってしまうかもしれない」「ちょっと心配だな」と、悪い結果を想像する時に使う表現です。
しかもこれは、第三者の行動について、話し手が自分の予測として語る形。
つまり、「〜かねない」は、私たちの感情や直感と結びついた、ごく自然な口語表現なのです。
「〜しかねます」がもやもやと感じられる理由を、言霊の視点から紐解く
対する「〜しかねます」という表現。
これ、言われると、なんとも言えず ムッとすることありませんか?
話し手が「できません」と突き放しているような、強い拒絶の意志を感じる。
私自身、そう感じる場面が何度もありました。
この「モヤモヤ感」の正体を、今回は2つの視点から掘り下げてみます。
① 音の印象が拒絶的に響く
まず1つ目は、「音としての不快感」。
会話の中で「〜しかねます」と言われたとき、あるいはメールやLINEなどの文面で見たときも、私たちは脳内で無意識に音として再生しています。
そのとき、一番引っかかるのが、「か」という音ではないでしょうか?
この「か」という音は、音の印象として角ばっていて、硬く、突き放すような響きを持っています。
それだけでなく、感情的にも「拒絶」「遮断」「拒否」といったイメージを連想しやすい音なんです。
② 言霊・数霊で見る「〜しかねます」のエネルギー
もうひとつ、視点を変えてカタカムナの言霊と数霊の視点から見てみましょう。
カタカムナ伝道士吉野信子さんのカタカムナ48音の言霊表その解釈方法によると、(*5,6)
「〜しかねる」はこのように読み解くことができます。
· し:示す、現象、死(23)
· か:チカラ(重力・磁力)(25)
· ね:充電する、満たす(46)
· る:留まる、止まる(12)
示す(意思)がチカラを十分に持った状態で留まる。
つまり、「強い意志をエネルギーごと押し出して止める」ような、断固たる姿勢を伝える言葉だということがわかります。
伝える側のものすごく強い意志が大きなエネルギーを伴ってそれを伝えた状態で停止するということです。
なので、言い切り、言い逃げ、これ以上受け入れないという印象を伝えてしまうのだと思います。
さらに、カタカムナ数霊の思念表で「〜しかねる」を紐解くと、
「〜しかねる」の数霊は(23+25+46+12=106)合計で106となります。
100以上は、10と6で分けて数霊を確認する*6とのことなので、確認していくと、
10は、指向 思考 芽
6は、受容 需要
つまり、数霊的に見ると、指向を受容する、と読み取れるので、自分たちの意思を受け入れる、つまり、自分たちの意向を貫き通したい、というように解釈できます。
このように、「〜しかねます」は、
・音の響きから感じる拒絶感
・言霊的なエネルギーとしての“突き放し”
この2つが合わさって、私たちに冷たさや拒絶感を感じさせるのだと思います。
もちろん、意味としては「できません」と同じなのですが、
「丁寧な言い方をしているつもりで、実は相手に強い拒否の印象を与えている」——
ここが、無自覚に人を傷つけるポイントなのかもしれません。
古典から見る「〜かねます」の正体──拒絶と意志のニュアンスはどこから来たのか?
文法的に「〜かねます」という言い回しを紐解いていくと、もともとの動詞は「かぬ」という古語です。
これは「できない」「耐えられない」といった意味で、古典文法で言うところの未然形が「かね」。そこに「ます」がついて「できかねます」という形になったというわけです(*7)。
この「かぬ(=できない/耐えられない)」という語が、日本語でどのように使われてきたのか、歴史的な用例から見ていきましょう。
📚 万葉集に残る「〜かねます」の原型
「かぬ」が登場する最も古い記録のひとつに、奈良時代の歌人・山上憶良による万葉集の一首があります。
世間(よのなか)を 憂しと恥しと思えども
飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば(山上憶良)
現代語訳すると──
どれほど世の中がつらく、恥ずかしいと感じても、
鳥ではない私は、自由に飛び立つこともできない。
ここでの「かねつ」は、「飛び立つことができなかった」という意味。
つまり、「かぬ=できない」の用例です。
🎴 江戸時代の狂歌にも「耐えられない」の意味で登場
次に登場するのは、江戸時代の有名な狂歌です。
白河の 清きに魚の 住みかねて 元の濁りの 田沼恋しき
これは、松平定信の清廉潔白な政治(白河の清き)に対し、庶民が息苦しさを感じ、多少の不正も許容された田沼時代(濁り)を懐かしんだ風刺句です。
ここでの「住みかねて」は、「住めなくなってしまった」「耐えられない」という意味での「かぬ」の用法。
つまり、「〜かねる」には「もうこれ以上は無理」という感情的・主観的な限界が含まれているわけです。
⚠️ 「耐えられない」は、主観的な線引き
この「耐えられない」という意味が、「〜しかねます」が不快に感じられる理由の一つです。
なぜなら、「耐えられる or 耐えられない」という線引きには、話し手の主観が強く反映されるからです。
つまり、「〜しかねます」と伝えることは、
→「あなたの要望は、こちらの“我慢の限界”を超えました」
→「なので、もう受け付けません」
という 拒絶+怒りをはらんだニュアンスになってしまうのです。
企業がお客様との会話の中で、この表現を使うことは、その担当者の主観、あるいは気分に基づいて、あなたを徹底的に拒絶します!と意思表示していると感覚、印象的に捉えられてしまうのです。
🔮 それは言霊・数霊にも表れている
以前の章で紹介したカタカムナの視点でも、「しかねる」は強い意志を帯びた拒絶のエネルギーを示していました。
「〜しかねる」は、
「強い意志をエネルギーごと押し出して止める」という意味でした。
だ伝える側のものすごく強い意志が大きなエネルギーを伴ってそれを伝えた状態で停止する。
言い切り、言い逃げ、これ以上受け入れないという印象を伝える。
また、数霊で見ると「しかねる」は、
「自分たちの意向を貫き通したい」、「こちらの意思を受容せよ」=拒絶の正当化と解釈できました。
「〜しかねます」はこのように言霊的に見ても強い意志を表す言葉であることがわかります。
こうしてみると、「〜かねます/しかねる」という表現は、万葉集の時代から
「ここまでは我慢できたけれど、もう限界」という強い感情を示す言葉でした。
それが現代のカスタマーサポートやメール文面にそのまま登場すると、
「最初から断られる感じがして嫌」
「企業から、うるさい顧客扱いされたように感じる」
というモヤモヤが生まれるのは、当然のことなのかもしれません。
では、こうした「かねます言葉」がなぜ企業の現場で敬語や丁寧語として認められる動きが広まったのでしょうか?
その背景には、現代ならではの理由があるのです。
「〜しかねます」が広まった理由は、企業の防衛本能だった
この「〜しかねます」が使われるようになった背景として、ここ10年ほどで過激になってきたカスタマーハラスメント問題があります。
かつての日本では、「お客様は神様です」という価値観が企業活動の根底にありました。
でも、その価値観に甘えた一部の消費者が、企業側に度を超えた要求や圧力をかけるようになりました。
それは、金銭的損失だけでなく、従業員の心の健康までをも損なう深刻な問題に発展しました。
こうした状況を受け、企業側は生き残るための「防衛策」として、対応マニュアルを一新していきます。
そのひとつが、「クレームには毅然と対応せよ」という方針の徹底。
そしてその武器として採用されたのが、「〜しかねます」「〜できかねます」「〜いたしかねます」などの文語的断り表現だったのでしょう。
今では大手メディアでも、
こうした言葉が「丁寧な断りの敬語」として紹介されているほどです(*2,3)。
しかし、「〜かねます」は文強い意志で拒絶を伝えている表現であることを考えると、敬語でも丁寧語でもないと思います。
にもかかわらず、それが「マナー」として定着してしまっているのは、企業がクレーマーから自社を守るため、最初から顧客全体に対して「距離を取る姿勢」を標準装備してしまったからではないでしょうか。
けれど、それによって本来、誠実な対話が可能だったはずの人々にまで、「はじめから拒絶されているような冷たさ」が伝わってしまう。
そんな現象が、いま多くの場面で起きているように思います。
中には、企業のサービスや商品の質を高めるヒントとなるような、建設的で有益な意見もあります。
それすらも区別せず、ただ一律に「クレーム」として処理し、無下に断るというのは、企業側が「もうこれ以上、成長も改善もするつもりはありません」と、自ら表明してしまっているようにも感じられます。
クレーマー対策が行きすぎたとき、何が失われるのか
カスタマーハラスメントのように、あきらかに行き過ぎた要求をする顧客には、毅然と対応すべき。
それは、健全なサービス提供者を守るためにも必要なことだと思います。
でも最近は、最初から顧客全員をクレーマー扱いしているのでは?
そう感じさせるような冷たい対応をする企業が増えてきたように思います。
たとえば、サービス内容について、説明されていない部分を確認したくて質問しただけなのに、
「〇〇は、いたしかねます(!)」
と伝えられ、それ以上の質問や会話の機会さえも許さない、といった拒絶の意思を伝えられます。
ひどい企業では、質問をした人への商品やサービスの購入自体を拒否する企業や業者もあります。
こういった対応からは、
企業にとって都合よく、文句も言わずに従順にお金を払ってくれる人だけを選別し、
企業だけが快適にお金を個人から集めていきたい、
そう思っているようにも感じてしまいます。
また、購入後に、明らかに企業側に過失があった場合でさえ、
心のこもっていない通り一遍等の謝罪の言葉と、企業側の利益を最大限に守ることに終止した、
購入者側からみたらなんの謝意も、弁償にもなっていない対応をする大手有名企業もありました。
こういった企業の態度からは、まるで消費者は制圧すべき存在、厄介者として扱われているように思えます。
企業にとって、顧客とは「価値提供の交換としてお金を落としてくれる存在」であるはずなのに、
お金だけを、企業にとって効率が良いと考えた方法で取り消費者から、感情も尊厳も奪っていくような関係性になってしまっている。
お金、モノ、人、労力という豊かさがあるものが弱いものからさらにそれらを都合よく搾取していく。
そんなふうに、牙をむいた「先鋭化した資本主義」の姿が見えてしまうのです。
「〜しかねます」を気軽に使うことで、企業と消費者の信頼関係や、立場のバランスまでいびつに歪める状況を生み出しているように思います。
じゃあどうする? その前に「人としての視点」を取り戻そう
企業として、商品やサービスを提供する側と、
それを購入・利用する消費者は、本来、対等な立場です。
どちらが上で、どちらが下、という関係ではありません。
どちらかが「命令」し、一方が「従う」ものでもない。
ただ、お金という対価を通して、価値を交換しているだけのことです。
しかし、要求が行き過ぎたクレーマー対策のために、企業は最初から強い態度で消費者と対峙する道を選んでいます。
それは、大量生産・大量消費の流れの中で、
一人ひとりと丁寧に対話する「ゆとり」がなくなったことの副作用かもしれません。
「効率性」と「利益最大化」が最優先される中で、
余計な対応は切り捨てる
誤解されても構わない
少数の声は「ノイズ」として無視する、
というようなマインドが、企業の中に染み込んでしまっている。
そこには、自分たちがそれが得意だから、
今、世の中で求められているからサービスとして提供する
という考え方が、非情に薄れている状態になっているように見えます。
だた、効率よくお金を得ることができるから。
そのために、余計な活動や経費は徹底的に削って、利益だけを追求することが正義。
そんな考え方で経営をしている会社が多くなっているように感じています。
その延長線で、人として蔑ろに扱われるのは誰だって嫌だと思います。
しかし、企業がこの体制を変えるのは、
よほどの経済的な損失が起きた時かもしれません。
でも、働いている一人ひとりの人間が、今のやり方に対して「これでいいの?」と立ち止まることなら、明日からでもできる。
「もし自分が、そんなふうに冷たく拒絶されたらどう感じるか?」
そんな問いを、一度だけでも、心に置いてみてほしい。
そうやって人の心を想像できる感性こそ、
社会に必要とされ続ける企業や人をつくっていくのだと思います。
「〜かねます」と言いそうにになる前に、思いやりを伝える大和言葉を使ってみよう
顧客からの質問や要望が寄せられた時に、
最初から「〜しかねます(!)」と伝える必要はありません。
日本語の、特に大和言葉といわれている言葉遣いを使って美しく、
思いやりのある対応をしてみませんか?
たとえば、企業のカスタマーサポートの場面でよく見かけるこの表現:
「そちらについてはできかねます。」
「本メールは送信専用のため、返信をいただいてもお受け取りができかねます。」
これをもう少し、やわらかく丁寧に言い換えるだけで、
受け手の印象はまったく変わってきます。
たとえば、
「そちらについては、当社では対応しておりません。」
「本メールは送信専用のため、こちらへご返信いただきましても当社からお返事はできない仕組みとなっております。」
こういった言葉なら、
できないことはできない、と伝えつつも、
「こちらとしても配慮していますよ」という温度感が伝わると思いませんか?
日本語、特に大和言葉には、
本来、相手を思いやる優しさと、曖昧さを上手に活かす美しさがありました。
それを活かすことで、「伝え方」を柔らかくも洗練できると思いませんか?
もちろん、丁寧に伝えてもなお、
過度な要求を繰り返したり、攻撃的な態度を取ってくる相手には、
毅然と「〜かねます」と線を引く必要があります。
なぜならその言葉には、
「これ以上は踏み込んでこないでください」という強い意志表示の役割があるからです。
でも、だからこそ——
最初から「〜かねます」で応じる必要はない。
できれば、それを使わずに対応できるのが理想です。
なぜならそこにこそ、仕事の創造性や工夫の楽しみがあるからです。
ただ、この仕事に取り組むのは会社の研修マニュアルを作っている人(部署)が現場の意見をきちんと吸い上げて行うのが健全な形かなと思います。
かねます言葉が生み出す思いやりのある世界へ
お客様は神様。
かつてはそんな言葉が、接客の美徳として語られてきました。
けれど、それを盾に横暴な振る舞いをする“モンスター顧客”が現れ、企業は生き残りをかけて、毅然とした態度=拒絶のスタンスを取るようになりました。
その結果、今は十把一絡げに「最初から拒絶」が当たり前になりつつある。
けれど、このやり方はあくまでVer.1。
ここからは、これまでの経験を活かして、
もう一段階、対話の精度を上げていく、Ver.2へ進化していく必要があると思うのです。
Ver.2の世界では、「〜かねます」の使い方一つとっても、
誰にどう使うかを丁寧に見極める精度の高さが求められます。
さらに、「〜かねます」を使わない表現はどうすればいいのか?
企業も顧客もそれぞれの立場を尊重しながら、健全な精神状態で、気持ちよく価値交換ができる関係性を築いていく。
それが、これからの文化の成熟であり、
「言葉」が支える文明の進化なのではないでしょうか。
言葉一つで、この世界はもっと生きやすくなる。
その第一歩として、「〜かねます」の使い方を、今あらためて見つめ直してみませんか?
参考文献・参照リンク
*1: DJダディの日本語ノート「かねます言葉」についての考察
*2: Precious.jp|「できかねます」は敬語?ビジネスメールでの正しい使い方
*3: Chatwork コラム|「できかねます」は丁寧?意味や使い方を例文付きで解説
*4: Oggi.jp|「いたしかねます」は敬語?意味や使い方、例文も紹介
*5: カタカムナ数霊表|カタカムナ.com
*6: YouTube|吉野信子氏によるカタカムナ言霊解説
*7: Weblio古語辞典「かぬ」の意味
