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第二十一章 好きではなかったという言葉

四年半の看病が終わった、と言っていいのかどうか。

終わったのではない。山が一つ越えただけだ。
薬の種類が落ち着き、朝起きられる日が増え、通院の間隔が少し伸び、家の中の空気がようやく「爆発しない」ことに慣れ始める。そんな程度の変化だった。

それでも私は、心のどこかで思っていた。
――少しは、私も自由になれるかもしれない。
四年半、私の一日は彼から始まり、彼で終わった。呼吸さえ彼の機嫌と体調に合わせていた。
それが少し緩むだけで、世界が明るく見える瞬間がある。

けれど――その明るさは、長くは続かなかった。

少し落ち着いた頃、彼は女を作った。
相手は、私より十歳も年上の飲み屋の女だった。

彼の口から「飲み屋」という言葉が出たとき、私は一瞬、場違いな響きを感じた。金融の世界の男が、帰る場所をそこに作った。そのこと自体よりも、“そういうふうに世界を使う人なのだ”という理解が胸に沈んだ。

不思議なことに、私はその事実そのものでは、ほとんど揺れなかった。
怒りも、嫉妬も、悲鳴も出ない。
出ないことに自分で驚いた。

私はもう、彼を「所有」していなかったのかもしれない。あるいは最初から、所有できるような関係ではなかったのかもしれない。
彼がそれで少しでも生きやすくなるなら、それでいい。
本当に、そう思った。
四年半を看病してきた私は、もはや“夫婦の正しさ”を取り締まる役にはなれなかった。

でも――問題はそこではなかった。
彼は言ったのだ。
「君を、結婚した時から一度も好きだと思ったことはなかった」

それは怒鳴る言い方ではなかった。
むしろ淡々としていた。
淡々としているからこそ、言葉が刺さる。
刺さるというより、骨に落ちる。

私は一瞬、時間が止まったように感じた。
部屋の音が消え、冷蔵庫の低い唸りだけが耳に残る。
心臓の音が、やけに大きい。

なぜ今、それを言うのだろう。
四年半。
朝から晩まで。
薬を揃え、通院に付き添い、夜中の不眠に付き合い、子どもたちの前で平気なふりをし、家計を回し、家庭を崩さないように支えてきた――その私に。

これから別れるなら、別れればいい。
相手ができたなら、そうすればいい。
私はそれ自体を止めようとは思わなかった。
でも、なぜ“その言葉”が必要なのか。

必要だったのは、離婚という事実だけだ。
「好きではなかった」という評価は、離婚の手続きには要らない。
ただ相手の心を傷つけるためにしか機能しない。
それが常識ある大人の男の言う言葉だろうか。
それが、人としての言葉だろうか。

私は怒りより先に、呆れに近い虚しさを覚えた。
人は、どれだけ相手を傷つければ気が済むのだろう。

そう思った瞬間、私は別のことにも気づいた。
この言葉は、私の価値を決める言葉ではない。
これは彼の未熟さの告白だ。
彼が自分の人生の責任を引き受けずに、“自分は最初からこうだった”と正当化したいだけの言葉だ。

そう思えるだけの時間を、私はすでに背負ってきたのだと思う。
四年半は、私から色々なものを奪った。
でも同時に、私に「見抜く目」も残した。

私は彼を見た。
彼の目は逃げていた。
逃げながら、攻撃する。
攻撃しながら、自分を守る。

私はそこで、腹を立てる気力を失った。
怒りはエネルギーがいる。
私は四年半、怒るエネルギーを看病に使い切っていた。
だから私は、静かに受け止めた。
受け止めるというのは、許すということではない。
ただ、そこで騒がないという選択だ。
子どもたちの生活を守るための選択だ。
そして何より、私がもう“崩れない”ための選択だ。

彼は続けて言った。
「離婚してくれ」
私は驚かなかった。
その言葉は、むしろ最初から用意されていたように思えた。
彼はこの結論に向かって、言葉を投げてきたのだ。
私は少しだけ息を吐いて、答えた。
「いいよ」
自分の声が、自分の耳に遠く聞こえた。
驚くほど自然に出た言葉だった。
「いつでも離婚してあげるよ」
私は自分で自分の言葉に驚いた。
“離婚してあげる”なんて、本当は変な言い方だ。
でも私の中では、それが正確だった。
彼は私に何かを与えたのではなく、私がずっと与えてきた。
最後の最後まで、私は「整える役」を引き受けた。

その瞬間、私はようやく、何かから解放された気がした。
愛されていなかったと言われても、私は私を裏切っていない。

逃げなかった。
やるべきことはやった。
四年半をやり抜いた。
その事実は、誰の言葉でも消せない。
私が受け取ったのは敗北ではない。

私が守ったのは、体裁ではなく、私自身の尊厳だった。
けれど――解放は、終わりではない。
離婚は紙の話で、生活は現実だ。
子どもたちがいる。家がある。お金の話がある。
そして何より、私の中にはまだ“レイ”がいる。

私が本当に問わなければならないのは、
「彼に裏切られたか」ではなく、
「私はこれから、自分をどう生き直すのか」だった。

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