受験シーズン 偏差値よりも、友だち100人できるかな
受験シーズンになると、大学はすぐに「序列」で語られることが多くなる。早慶がどうしたとか、MARCHの中で上だ下ただとか、どこよりもここが偏差値が高いとか。
そんな言葉を横目にしながら、ふと自分の学生時代を思い出した。
気づけば、懐かしい場面が次々に浮かんでくる。あなたにも、そんな大学の記憶はありませんか。
「最下位」と言われる大学
私の通った大学は、MARCHの中では「最下位」と言われがちだった。
昭和の頃もそうだったし、どうやら今もそうらしい。
正直に言えば、誇りだ!と胸を張るほどでもない。
けれど、「悪い大学だ」と言われると、それは・・・と、
どうも首をかしげたくなる。
なぜだろう。
挫折感から始まった一年生
一年生の頃は、少し空気が重かった。早稲田に落ちた、慶應に届かなかった、明治が第一志望だった、そんな声があちこちにあった。
いわば“挫折感集団”いっぱいの大学である。
けれど二年、三年と過ぎるうちに、その空気は消えていった。ゼミで議論し、合宿で夜更かしし、気づけば笑っている時間のほうが長くなっていた。
あなたも、そんな経験はないだろうか。
カツ丼と麻雀の先生
ゼミの先生は立派な研究者で、のちに学長まで務めた方だった。だが合宿では、私たちと一晩中麻雀を打った。
あるゼミの仲間は「先生にカツ丼をおごってもらった」と言い、別の仲間は「就職の話を陰で通してくれていた」ことを後から知ったという。
学生の頃には見えなかった先生の背中が、年月を経て見えてくる。不思議なものだ。
大学野球観戦の帰り道
大学野球を見た帰り、新宿で飲んでいたら、偶然居合わせた見ず知らずのOBという人が全員分の飲み代を払ってくれたことがある。
お礼として、その場で校歌をみんなで歌った。
本当に驚いた。そして、嬉しかった。
「ああ、この大学でよかった」と、あのとき本気で思った。
結婚式で歌った校歌
さらに時は流れ、私の結婚式。先生も出席してくださり、ゼミ仲間と肩を組んで校歌を歌った。
その瞬間、MARCHの中で何位かなんて、誰も考えていなかった。
ただ、「この大学で出会えてよかった」と思っていた。
序列より、愛着
偏差値的に上位の大学はたくさんある。
だから「誇り」とは言わない。でも、「愛着」はある。
遠く奈良や新潟や静岡からOB会に集まる仲間がいる。
そして、会えばすぐに学生時代に戻る。
大学の価値は、順位で決まるのか。それとも、校歌を一緒に歌える仲間がいることで決めても良いのではないかと思う時もある。
振り返れば、少なくとも私は「最下位」と呼ばれる大学で、人生の宝物みたいなものをいくつも手に入れた気がする。
それだけで、十分ではないだろうか。
今は昭和の時代と、違うかもしれないが、やっぱり
受験生さんは、偏差値を気にするより、入学してから如
何に学生生活を過ごすかを考えた方が良いような気がする。
小学校も大学も一緒ですかね。
世の中、案外単純だと思う。
🎵 一年生になったら 一年生になったら
🎵 友だち100人できるかな
