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【卒業式】誰のため 何しに来たの 革命家

 聴けば聴く程、会社はオヤジ、即ち旧態依然とした男達を前提とした土俵。身も心も四六時中会社に捧げ、残業も転勤も進んで引き受ける。夫の――まあ離婚したのだから正確には元夫の――実家が経営する水産加工会社と謂うから、家族規模の個人商店だろうと思い込んでいたが、それは私の先入観を遥かに超え、業界ではちょっとした中堅との事である。そんな会社が、ほぼ専業主婦だった秋恵をよく正社員として採用したものである。サラリーマン経験が皆無とは申せ、聡明で活発な嫁が愚息と別れたのを機に就職活動に苦戦している姿を見て、救いの手を差し伸べたのだろう。すっかり親戚に重宝されているらしいし、この調子で――敢えて時代遅れで差別的な表現を用いるが――まさに男勝りに頑張るのかと思いきや、これがどうも彼女の本意では無さそうだ。
 「男社会は男社会で上手く回ってたよ。少なくとも私には文句無かったわ。他の女の子達と一緒に、伝票処理でしょ、給与計算でしょ、それから備品の管理とか、郵便局とか銀行の用事とか、そういう任せられた事務仕事1つひとつ全力で取り組む。それで遣り甲斐も感じてたし、それが楽しかったの。」――久々の電話。受話器の向こうで喋り続ける。私は相槌を打つのみ。
 「それがね、何があったか知らないけど、東大出てアメリカでMBA取ったとかいう人が、急に余計な改革に乗り出して、ポジティブアクションとか呼び掛け始めたの。新しい人事制度なんか提案して、役員を説得したりして、性別と年齢と学歴で役割を分ける文化を排除しましょうみたいな雰囲気になっちゃって、どうせ数年後には寿退社するのが見え見えの子にまで、部署の十ヵ年計画なんかを聞かせたり、キャリアプランとか業務目標とか細かいシートを作らせて上司と面接させたり。いや、勿論、お義父さんが社長だから『秋恵さんは今の儘でいいんだよ』って言ってくれたんだけど、私、何か腹落ちしなくって、そのMBA野郎に話しに行ったのよ。」
 「えっ、プロバスケットの選手に? 直接?」
 「それはNBAでしょ! んもう、真面目に聴いて! そしたら、案外あっさり会ってくれて、応接室で時間を割いてくれた。で、真っ先に『どうしても女を男と同じ土俵に上げたいんだったら、希望者だけにして欲しいし、ついでに男の狂った働き方も選択制に変えたほうがいい』って当たり前の事を教えてやったの。えっ? 反応? それがさぁ『僕も同じ事を考えていたところなんです。ワークライフバランスです。』って、ニコニコしながら言って来て、私は『放って置いてくれ』ってつもりで意見したのに、こっちの真意が理解出来てないのね。それどころか『では、貴女は僕の目的を理解されていますか』って、逆に質問を受けちゃった。気持ち悪かったわ。で、『そんなの私の知ったこっちゃ無いでしょ』って返そうとしたら、もう向こうが勝手に説明し始めてた。
 『みんなが幸せになるからです。いや、本気ですよ。僕達は何となく大学を出て、特に是といって専門性も無く、サラリーマンとして会社の金儲けマシーンに成るために生まれて来たんじゃ無いっていう、自負というか自覚を持つべきなんです、そう、みんな。サラリーマンが何故カッコ悪いのかと云えば、それは会社という主人の犬だからでは無くて、カッコ悪い主人のペットだからなんです。そう思いませんか。実は企業こそ社会の主役なのであって、誰だってしがないサラリーマンで一生を終わりたくないですよ。カッコ良いサラリーマンで在りたい。その為にはカッコ良い会社で無ければならない。では、カッコ良い会社って何かというと、それが金儲けだけじゃない、社会の主役になっている会社なんです。CSRってヤツですね。企業と社会の相乗発展です。株主へのアピールの為にやってる所もあれば、消費者のイメージアップの為にやってる所もある。しかしですね、CSRで一番ハッピーになるべきなのは従業員であり、それが経営基盤の強化にも繋がります。働き過ぎて、忙し過ぎて、従業員の目が死んでいる会社からは、価値ある商品なんて生まれる筈が無いでしょ。何せウチは魚屋なんですから。従業員もウチの加工する蒲鉾や竹輪のお客様なんですから。仕事にも商品にもプライドを持ちたいですよね。プライドというのは企業にとって重要な品格の1つです。同じ品質・同じ価格ならば、お客様は品格ある企業の製品を選びます。それに品格ある企業には優秀な学生も集まります。』って、そんな熱弁だったな。」
 「へぇ~、その人がどんな人か知らないけど、モノマネ巧いなあ。まるで憑依してるみたいだったぞ。それに、ワークライフバランスだの、CSRだの、やたら流行りコトバを並べて胡散臭いけど、とても健全な事を主張しているじゃないか。」――私が或る意味“適当”に感想を述べると、驚いたのはこの後だった。
 「そうなのよ、だから私、彼のプロジェクトチームに志願しちゃった。まず取り組んだのはね、役職の公募制。そりゃ女性を管理職や役員に送り込めばOKって話じゃないんだけど、導入する事に意義があるっていうか、それまでは評価B以上が何年以上継続してて、経験と職能が認められて、上司からの推薦があって、っていう明確な基準っていうか、パターン化していたのよ。でも、会社が命じるより、やりたいって人から手を挙げてもらうほうが前向きだよね。えっ? そうよ、要はやる気なの。でもね、第1回の応募者なんだけど、これが酷くって、男が53名で、女が2名だった。で、『これはマズイわ』ってなって、女に手を挙げさせる様に仕向けたの。女性の居る部署の上司に『いい人が居たら紹介してくれ』って声を掛け続けたし、周囲の男性陣にも『盛り上げてよ、取り敢えず、3年だけでも』って声を掛け続けてるんだ。」
 「ええっ? それ、秋恵のポリシーと違うじゃねえか。それじゃ、希望者だけじゃなくて半強制じゃねえか。女性のほうはそのやり方を望んでいるのかな。」
 「そんな悠長な事、云ってられないって気付いたのよ。社内の組織という組織みんなが、こっちの想像以上にダメオヤジ達のパラダイスだって分かったの。突然、顔真っ赤にしたオジサンが乗り込んで来て、『ウチのエースの○○君を落としてまで、何処の馬の骨だか判らん女を登用するとは、一体どういう料簡だ。貴様、この俺様に喧嘩売ってるってことか。よく堂々と会社に居座れるもんだな。』って真顔で迫って来るのよ。そんなのしょっちゅうよ。慣れちゃった。こうなると、私って短気だから、お義父さん、いや社長に『人事に理解の無い役員と、その子分みたいな野郎どもの反発に決して屈してはなりません。こういうオヤジが本当にウンザリする程いるから、野放しにすれば業績に影響しますよ。』って、泣きながら叫んだわ。こういう時、土日の朝食と夕食が社長の家族と殆ど一緒って環境は、超有利ね。家出した亭主は一向に戻って来ないけど、フフフ。」
 ――昼の機嫌は上司や同僚や顧客等々、仕事で関わる周囲の人間に左右されるけれど、朝と夜の機嫌だけは自分一人で決められる。だが、秋恵の精神構造は更にその上を行っていて、既に戸籍を異にする家のダイニングを“社長室”に変えてしまう勢いを備えている。
 
 「まあ、凄え事を成し遂げてるって様子は解ったけど、『ついでに男の狂った働き方も選択制に変えたほうがいい』って、そっちは実現すんの?」
 「男を休ませるには女の人数も必要だって結論になったの。ウチは大手じゃないから、在宅勤務を認めるとか、託児所と提携するとかっていうのは流石に無理だけど、ベタに人情に頼った。元々ウチで働いてた女性に手紙を送ったのよ。ほら、人を増やそうにも、普通の派遣さんを打診するってなると、やっぱり質の問題が不安だし、ゼロの状態で入って来る訳だからイチから研修しなくちゃいけないでしょ。而もね、この戦法にはオヤジ達も賛成したのよ。『そうかあ、あの子、辞めたのかあ。テキパキ仕事してたし、気が利く子だったのになあ。今じゃ○○君の奥さんかあ。』って、ぼやいている気持ちを刺激したって訳。『正社員は家庭との両立がしんどいでしょうから、準社員で復帰してもらいましょうよ。子供が学校に行く年齢になれば稼ぎたいでしょうし、慣れないパートよりも古巣で活躍したほうが、本人も会社もハッピーでしょ。』ってね。こっちのほうは反応が役職公募制とは桁違いよ。6割から返事が来て、4割は『明日からでも出社します』って。
 まあ、そんなこんなで、『画一的な組織は脆い』『女性に優しい会社は男性にも優しい』っていうのを合言葉にしながら、私達は見事この会社に“革命”を起こしたの! で、黙って見守ってくれてたお義父さんもご機嫌で、彼と私に『社長賞を授与しよう』ってね、随分と褒めてくれたんだけど、一応は身内だし気が引けたから丁重にお断りしたわ。そしたら『その代わりに』って、彼と私を食事に誘ってくれたのよ。いっつも寿司とか天婦羅とかをカウンターで召し上がるのがお好きなのに、下北沢のレストランの個室を予約したって言うから、可笑しいなあって思ったんだけど、その席でね、いきなり彼が『秋恵さん、仕事だけで無く、人生のパートナーになって下さい。社長、いや、お義父さん、よろしいですよね。』って切り出して、全くもう、二人してグルだったのね。えっ? 私の返事? こうして電話している以上、あなたに二度目の披露宴のスピーチをお願いしてるに決まってるじゃない。けど『仕事のパートナーのほうは卒業させて』って条件はちゃんと呑んで貰った。そりゃそうよ。旦那が居るなら、外で働くのは男に任せて、専業主婦やってるほうが私は気楽だもん。お義父さんったら『あ~、別に追い出す訳じゃないけど、これで漸く秋恵さんもオレん家に縛られない生活だね。オレもメシの時間まで会社の話で邪魔されなくなるから、ホッとするよ。ハ~ハッハ。』って冗談飛ばすのよ、フフフ。」
 
 暫くして――そうだな、数週間も経った頃だろうか――郵便受けに絵葉書が届く。彼女独特の筆跡で「JAPAN」と四角く囲って其の横に「Air Mail」と、加えて次の行には「Japón」と四角く囲って其の横に「Por Avión」と、各々赤いボールペンで記されている。後は英語というかローマ字と日本語の両方で拙宅の住所と私の名。これが左側。そして、右側には「いろいろとご心配をおかけしましたが、再婚記念の旅先キューバにたどり着きました。今、中国に行って社会主義国と感じる人がいないように、ここも気候のせいか、たくましい明るさを感じます。こうなると、革命って何だろうと考えたりするのですが、これはまたゆっくりとお話させてください。」云々と綴られている。「心配なんかしてねェよ」と葉書に呟く私。キューバって事は、「Japón」と「Por Avión」はスペイン語なのだろう。
 そういや絵葉書だったな、という具合で裏返してみると、現地の写真。山吹色のダンゴ虫みたいな形をした三輪のタクシーが停まっていて、其の背後には団地みたいな建物が並び、其の内1棟の壁一面に大きくチェ・ゲバラの顔の輪郭がパイプらしきものを曲げて飾られている。脇に添えられた「Plaza de la Revolucion」との題名からハバナの革命広場だって事までは突き止めたが、この三輪車が「COCO TAXI(ココタクシー)」という名称だとは知らなかった。即ち、ダンゴ虫では無くココナッツがモチーフだそうな。
 それにしても、キューバから私宛の郵便なんて、きっと人生において是が最初で最後だろう。半日以上の時差がある国から此の一枚の紙を運ぶのに、お代って幾ら位かかるのかな。1枚だけ貼られた切手には「85」と書かれているが、大体、通貨単位が不明だ。が、せめて描かれている絵のモデルだけでも確かめようと、「85」の上部に全て米粒に書き切れそうなサイズで「JARDIN ZOOLOGICO DE LA HABANA」と印字されているのを手掛かりにすれば、同じくハバナにある動物園のリスである事が分かった。可愛い尻尾を此方に向け、ちらりと振り返る。そういえば、秋恵とのデートでは上野動物園にも出掛けたっけ。穀雨の折柄、酎ハイ片手にサル山を眺めていたっけ。日本じゃ猿は5円切手だな。キューバの切手にも猿は登場するのだろうか。因みに、ここまで興味深く調べた私への褒美なのか、オマケで得た知識だが、チェ・ゲバラは本名では無く、「おい、ゲバラ」「やあ、ゲバラ」という親しみの呼び掛けが丸ごと渾名になったそうな。
 
 「たくましい明るさ」ねえ……彼女そのものだ。その眩しさの一方、会社で誰かの為に何かを成し遂げられる事も無く、プライベートでも誰のパートナーにも成れなかった私の姿を鏡に映せば、恥じる事こそ無けれど、単純に虚しい影が心に差した。東京から400キロも離れていない京都に暮らすことを極端に嫌い、私との結婚を拒んだ彼女が、二度目の夫と12,000キロ以上も離れた土地で新婚旅行を満喫しているのかと思うと、この虚無感も比例して三十倍以上になる。住む場所なんて私にはどうでもいいことだったのに。
 男女平等なんて口先だけさ。男がいくら専業主夫を志願したところで、女性役職みたいな公募も設けてくれないどころか、世間様という奴が然様な生き方を許さない。こんな風に、詰まらなくて下らない諸々を僻みつつ、これからも私は蝿に失礼ながら蝿みたいに生きていくのだろうね・・・つづく

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