【保健体育】不運でも 生きてるだけで ツイている
「疲れた」の語源は、一説には邪気に「憑かれた」状態にあるらしい。故に「つかれた」が口癖の人は、ますます邪気に好まれ疲労が蓄積するばかり。その口癖を「ツイてる」に変えると、徐々に邪気が追い払われ、幸運を呼び込むことに繋がるらしい。とは謂うけれど、まるで呪文みたいに「ツイてる」「ツイてる」と繰り返したところで、それを嘲笑うかの如く、運の悪い事がとことん度重なり、こりゃもう何かに取り憑かれているとしか思えない。
仕事を片付けたいからいつもより早く家を出たのに、そんな日に限って車両故障やら信号トラブルやら、やたら電車が遅れる。朝一番からの“頓挫”に他の乗客も皆イライラしている。このイライラを募らせるのが、反省やお詫びの気持ちが全く籠もっていない駅員のアナウンス。「○○駅より先までお急ぎのお客様、階段上がりまして4番線の○○行きのほうが先に到着します。お乗り換え下さい。」その放送を耳にし、俄かに睡魔から解き放たれ、猛然と4番線までダッシュする人々の群れ。すると、その人々を待たずして、無情にも○○行きは出発。間に合わなかった人々の群れが再び元のホームに戻って来る。私はというと、不運なる我が毎日にすっかり慣れ親しんでいるので、「ツイてる」「ツイてる」と呪文を唱えては、ハナから“民族大移動”に付き合うことを諦めていた。不満とストレスの色に顔中を染めつつ、号令に反応して1番線と4番線を行ったり来たりする集団。何かに似た光景だ。ああ、高校の体育で朝のランニングをしていたのは、大人になってから只管これに励むための訓練だったのだろうな。
それにしても、こんな生活が少なくとも還暦まで続くのか……世間では年金支給年齢の延長とセットで定年延長の話題まで湧出している……まだ20代だった私は誠に憂鬱だった。無論、貧乏を卒業する目的で会社員になったのだけど、或る程度カネに困らなくなったら早期退職したいという願望もまた併せ持っていたからである。だいたい私は何歳まで生きられるんだろうか……高校の体育の授業を思い出しながら、1番線の端っこで暇を潰すこととする。
「いい? もう一度、説明するわよ。『生命表』っていうのはね、作成基礎年次の死亡状況がいつまでも続くと仮定してね、同一時点で発生した出生児集団が死亡減少していく過程で各年齢の生存者は平均してあと何年生きられるのか、定常状態の人口構造はどんな様相を示すのか、そういうのを死亡率、生存数、平均余命で表現したものなの。
あなたたち、今16歳でしょ。男子であと61年くらい、女子であと66歳くらいの人生ね。は~い! そこ、ザワつかない! でも、平均寿命ってどんどん延びているのよ。昭和10年から11年の第6回生命表だとね、男は46.92歳、女は49.63歳だったんだから。これが昭和22年になると50歳を超えて、男50.06歳、女53.96歳になるの。で、平成3年の簡易生命表だと、男76.11歳、女82.11歳ってデータなの。
長生きしたくないなんて言ったら罰当たりよ。これまで16年も生きてこられただけで幸せな事なんだから。未だにこの時代でも、乳児のうちは吐乳の誤飲とか、布団による圧迫とか、機械的窒息死の可能性があるし、4歳までの幼児期は溺死の可能性があるし、あなたたちの年齢になると自動車事故死の可能性が高いのよ。
それでも運良く元気に過ごして無事に成人式を終えたら、あっという間に10年経って、30代からは残念ながら老化現象との闘いになるの。は~い! そこ、ザワつかない! 老化っていうのはね、遺伝子にプログラムされた過程を通って進むのよ。そう、老化は遺伝によって決まっているものなの。だって、そうでしょ。動物の種や系統によって最大寿命と平均寿命はほぼ決まっているじゃない。ペットの犬猫のほうが飼い主の人間よりも先に死んじゃうでしょ。人間同士も遺伝よ。例えば、一卵性双生児の寿命の差は、兄弟姉妹の寿命の差より小さい事が判っているの。
個体の老化に作用する環境因子は幾つかあるんだけど、分かりやすいのは運動と食餌ね。運動を続けている人は、運動不足の人に比較して、心血管系や呼吸器系の予備力が保持されるし、血管コレステロールの沈着を予防する高比重リポ蛋白コレステロール――ああ、これはHDLって呼ばれることが多いわ――これの血中濃度が高いの。それに心筋梗塞発症後48時間以内の死亡率が低いの。食餌についてはね、食餌を制限されたラットがね、成熟は遅れたんだけど寿命が延びたっていう有名な実験があるのよ。
けどね、いっくら運動と食餌に気を遣っていても、老化と共に体温調節機能は低下するし、感染に対する制御能力も低くなるから、ちょっとした体調不良が重症化するリスクは避けられなくなる。そうやっていずれ誰もが死を迎えるっていうこと。平成2年の統計で約82万人が死亡、ってことは38秒に1人の割合で亡くなっていることになるわね。は~い! そこ、ザワつかない!
死亡の理由については、時代と共に傾向が変わっているよ。例えば、胃の悪性新生物――要するに胃癌ね――これは女で昭和54年、男で昭和59年をピークに減少傾向なの。今で2割くらい。子宮癌も昭和25年から一貫して減少傾向。昭和25年の死亡数が8,356人だったんだけど、平成2年で4,600人だから、この40年で半減に迫ってる。一方で増えているのは大腸癌。平成2年で男が13,286人、女が11,346人死亡しているんだけど、昭和25年と比較すると男が7倍、女も6倍に増加しているのよ。」
――そうか、そうだよな、私は今、生きているだけでラッキーなんだよな。しかも、私は30歳で大腸癌、それも直腸2ヶ所とS状結腸1ヶ所、計3箇所に及ぶ癌を患った。幸い早期発見で手術により治癒したが、まさに運良く命拾いしたという次第だ。
偶然にも平和な社会に生まれ、健康なカラダで呼吸をしている、それだけで贅沢過ぎるくらい「ツイてる」のだ。しかし、人間という生き物は、否、私という半人前の生き物は、運の良い事を喜ぶより、どうも運の悪い事にばっかり目が向いて、これをいちいち嘆いちまう。冷静に捉えれば、そんなに不幸な暮らしでも無い筈なのに、根性が歪んでいるのだろうか。いやいや、日々小さな不運に見舞われているのも事実。知らず知らずの内にストレスは部屋の片隅の埃の如く溜まっていく一方で、これがもはや掃除する気も起きない程しつこい。
通勤電車のせいで会社を遅刻した挙句、上司からは「会社の近所に住めばいい」と嫌味な小言を喰らう。ただでさえ滞積した業務に、突発事項が加わって残業。漸く帰ろうとしたところを先輩に誘われて一杯。まあ、酒は憂いの玉箒なので、ここまではいいのだが、居酒屋の後、強引に韓国エステへと連れて行かれる。30分の「垢擦りコース」だけで十分だと断ったにも拘らず、25分あたりで女性スタッフが勝手に施術の手を止め、執拗に「テコンドーコース」なるものを勧めてくる。「コンドーム付けて、手でヌいてあげるから、追加料金払って、お客さん。お友達も延長した。」と迫ってくるのだ。おいおい、店も先輩も約束が違うではないか。「手コンドー」という無理矢理な駄洒落に対し、「またコンドー」と拒める雰囲気も無く、観念した私が「手でヌくだけなら、コンドームを装着する意味が無いじゃないか」と問えば、「このアカスリ用のグローブで擦るからダヨ。キモチーヨ。」と即座に返ってくる。驚くのはこの先だ。五千円札を渡すや否や、お釣りも貰えず、「それではスタッフ交代シマ~ス」と告げられ、登場したのは厚化粧のオバサンだった。サービスは極めて義務的。早く出してよといった眼つきで面倒臭そうに手を激しく上下する。私は目を閉じて交代前のスタッフの艶姿を思い出しながらフィニッシュするしか手立てが無かったが、斯様な時に想像力の逞しさというのは有難いもので、ちゃんと出るものは出る。でも、終わり方が中途半端。まだ一匹目のオタマジャクシが尿道口を飛び出した程度なのに「ハイ、イッたね。ハイ、おしまい。」と言わんばかりに、これまた勝手に施術の手を止めてしまう。依然として硬さを保ったままピクピクしている愚息を放置することも出来ず、思わず私は自らの手で残りの処理をする。それを見て失笑するおばさん。情けなかった。
無駄な平日を何とか凌ぎ、待ちに待った土曜日。テレビを点けると、経済学者が相変わらず「芸能人のギャラやプロスポーツ選手の年俸を見れば分かるでしょう。一流と二流の差は100倍。これからの世の中は、ごく一部の大金持ちと圧倒的多数の貧乏で構成される様になり、中間層というものが存在しなくなるのです。」と不安ばかりを煽っていた。うんざりしてチャンネルを替えると、山小屋で悠々とギターを弾きながら生活している人へのインタビュー。明らかに労働とは無縁そうだが、困窮してもいない。寧ろゆとりが漂っている。こういう人が「ごく一部の大金持ち」に属するのだろうか。
部屋に居ても碌な事は無いし、せめてワイシャツをクリーニングに出そうと自転車に跨ると、タイヤがパンクしている。仕方なく猛暑の中を10分歩いて行くと、店主の気紛れで臨時休業。折り返し10分歩いて戻ろうとしたところに、まるでこのたった10分間だけを狙ったかの様なドシャ降り。ずぶ濡れ姿でボロマンションに帰れば、たった1台しか無い、しかも人力ではないかと疑うほど動きの鈍いエレベーターが、最上階へ向けて1階を離れ去ったばかり。止む無く階段を駆け上がると、このたった20分間だけの留守を狙ったかの様に宅配便が来たらしく、不在連絡票が乱暴にドアポストへ投げ込まれている。ここまで運に見放されると、すっかり外へ出掛ける気を無くし、雨を浴びてもなお汗だくの躰を取り敢えずシャワーで洗い流していると、これまたそんな時に限って珍しく電話が鳴る。余りに鳴り止まないので、何か緊急の事かと察し、慌ててバスタオル片手に電話に出ると、不動産投資の勧誘だった。
パッとしない儘、日曜日になる。このイヤな流れを断ち切るためにも、やはり街へ遊びに繰り出そうと電車に乗る。すると乗った電車が1駅目で急停車し、「只今、○○駅にて人身事故のため……」。私は悪い夢でも見させられているのだろうか・・・つづく
