知性は知識じゃなくスルー力かね
「知性」という言葉は、よく誤用されていると感じる。
専門分野に詳しいとか、高学歴であることは、知性の証ではないよ。
知識があっても、そこに品位が伴わなければ、知性とは呼べないと思う。
わたしの考える知性は『知識+品性+寛容さ』
この3つが揃って、
初めて「知性がある人」と言えるような。
知性を身につけるために読書をするのは、想像力や世界観を膨らませ広げるための訓練。
何冊読んだかという記録は、知性とは直接つながらない。
以前、ある議員が秘書に「このハゲーーー!」と暴言を吐いたとされるニュースがあった。
経歴だけ見れば「知性がある人」に見えるが、その発言は一気に愚鈍の烙印を押した。
しかし後になって、暴言の背景には秘書の度重なるミスがあり、議員の堪忍袋の尾が切れたに過ぎなかったことが分かった。
加えて、その後は穏やかでユーモアのある対応が見直され、人間らしい知性として評価されるようになった。
わたしは若い頃、苦い経験がある。
ある分野の第一人者とされる教授に質問を返したら、地雷を踏んでしまい、烈火のごとく怒鳴られた。自分の無知が原因とはいえ、涙目になるほど怖かった。
今なら「あの場面で怒られるのも無理はない」と理解できる。人はどこに地雷を隠しているか分からない。そう思えば、怒られただけマシだったのかもしれない。
社会人になり、コンプライアンスが浸透してからは表立って怒る人は減った。
腹が立っても「まあ、いいか」と流すほうが品を保てると学んだ。
何度注意しても改善しない人には、活躍の場すら与えず、静かに飼い殺しにする。
それが現実的で安泰な方法だと気づいた。
もちろん、わたしはまだ修行不足。
カッとなる瞬間もあるし、そのたびに
「この人がいなくても回る仕組みを作らなきゃ」と反省した。
わたしが見てきた知性のある人には共通点がある。
寛容である、上から目線で語らない。
他者の話に耳を傾ける。悪口は言わない。
対して知性のない人は、自分より弱い相手や知識のない相手に辛辣で、意見を言われると、あからさまに侮辱的な態度をとる。
そして、それを手柄のようにSNSで自慢している。……ダサい。空の太鼓ほどよく響く。
インフルエンサーに見受けられるのだが、勝ち誇ったように名指ししない悪口を言う人はアカンな。知性もなければ、品性もない。
結局、知性とはこれらを指摘するまでもなく、
サラッとスルーできる力なのかもしれない。
