小説: ペトリコールの共鳴 ㉙
第二十九話 ある孤独への見守り ③
「キンクマは俺と何が話したいの?」
ソファから起きたタツジュンが訊ねる。
「タツジュンは遥香が亡くなり、孤独に苛まれて、結果、今は人間関係の大切さが身に沁みてネットリテラシーがなかったことへ後悔してるじゃん」
タツジュンは鼻からため息を漏らした。
「お前のお説教はいらない」
「でも事件で浮き彫りになってる」
「遥香を失ったタツジュンは事件の被害者になり、
自分の支えが完全になくなっている。
改めて実生活での家族や友達、ご近所付き合いの重要性に目を向けるときが来たんじゃない?」
「キンクマ。言ってる意味は分かるよ。
でも、社会の変容で昔ながらの血が通った人間関係がなくなっているのが現実だよ。
事件に巻き込まれるか、何も起こらないか違いはあっても、大勢の人が孤独に直面していると思うぜ。
俺は誰に目を向ければいいんだか」
「だから、僕にだよ。僕を見るの」
「はあ?ハムスターを?」「そうだよ」
タツジュンがせせら嗤う。
アホらしいと嗤う。
僕の耳が自然と後ろへ傾いていき、上下の歯がカッカッカッ、小刻みに音を鳴らす。
「タツジュンは
『もうオレは騙されない』と思ってるでしょ?
事件を語る中で他人事みたいだった。
でもね、さっき言った重要性を見失ってるから、また騙されるよ」
「何言ってんだよ、ハムスターのくせに」
「僕を家族と思わないから、タツジュンは失うものがないって気持ちが変な人を寄せつけるんだよ。
タツジュン、僕を家族だと思ったら僕を悲しませることはしない」
「その理論はオレオレ詐欺に引っ掛かるぞ」
「オレオレ詐欺に引っ掛かる人は、
本心では家族より世間体を気にするの」
「それは詭弁だ!」
「僕は誤魔化してないよ。どうせ、
『うちのバカ息子ならやりかねない。ああ、ご近所に知られたらどうしよう』
家族を信用していたら、詐欺電話を信頼しないし、バカ息子へ確認するよ」
ポカンとするタツジュンは不貞腐れ、
「とうとう俺は人間じゃなく動物と絆ですか。
あーあ、俺も落ちるところまで落ちたな」
このクソッタレ!
後ろ足へ力が入り仁王立ちになっている、
「タツジュン、アニマルセラピーって知ってる?
高齢者施設などで活用されている心のケアなんだ。
人間関係の希薄化が進む中で、動物との絆が新たな救いの糸となっているんだよ」
僕を覆う全身の毛が一斉に逆立つ。
僕はタツジュンがいるソファへ駆け寄り、
「タツジュンがひとりぼっちなのは理解してる。
でも、
タツジュンと僕は一緒に苦難を乗り越えてきたんだよ。遥香が亡くなったこと。
愛羅のアジトでのこと、被害者への誹謗中傷、週刊誌の取材、ユミナさんへの同情。
僕たちの時間を忘れないで!」
タツジュンは僕を両手で掬い上げ、そして咽び泣く。
春って季節、人間の心は移ろいやすく揺れる。
昨日までご機嫌でも、今日は表情が乏しい。
タツジュンの気分が変動するのが僕にはつらく、
タツジュン自身が孤独へ立ち向かわないと、どんなに優秀な精神科医やカウンセラーがいても、
タツジュンの気持ちは崖から海に落ちたまま。
人間たちが人間関係を築くことの難しさと対峙し、孤独を募らせているのだと、タツジュンの姿を見て感じた。
