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 三月は、先輩の命日。

 記憶を撫でて文章にしているときと、ひょんなことから振り返る過去と。
「あれ? noteに書いた記事に一貫性がない」
どれも正直な事実なのに、二重螺旋になっているのに気づいた。

 雑なまとめ方をすると、事実は一つ。
真実は複数あるということなんだろうね。
 
 気持ちが乾いている時は、乾いた記憶が鮮明に浮かんで、潤った状態だと潤った過去が顔を出す。視点が変わるごとに記憶の引き出しにフレームはあるのに、閉めたり開けたり、忙しい。
  
 どちらも本当だから、人柄へ立体感が出るのか? ん? そうなのか?
 
 イヤだな、こんな矛盾だらけの自分。
嘘をついているようで座りが悪い。
……けれど、どれも私だった。
 
 学生時代は部活、クラス、クラブではしゃいでいたのも、自分。
でも、雨の日はおとなしく友達と雑談していたのも自分。
なんだ、このジェットコースター。

 ああ。年がら年中、大騒ぎする人間じゃないということか。

 就職していた頃は泣かない人間だと思っていたのに、思い返すと泣いていた。
 同期の自死には憤りが強く、泣かなかったのに、先輩の突然の訃報へ涙が堪えきれなかった自分がいた。

「体調悪いから早退する」
今でも見送った先輩の背中と、私が寒そうにしているから買ってくれた手袋が涙腺の脇に居座って
、「早すぎるでしょ」
棺に手を添えた映像が瞼を流れる。

 だけど、泣かなかったことにしているのは、事実を未だに受け入れてないからなのか。

 定時で上がり、急いで喪服を取りに帰った。
薄墨で香典を書いて……次の記憶は同期に背中をさすってもらい、我に返った自分。
遺影のない祭壇へ、私はどんな顔をしていたのか全く思い出せずにいる。

#小牧幸助さん
#シロクマ文芸部
#三月は