短編: 仕事は生活です ③
第七話 まさか私まで巻き込まれるとは
秋雨前線の晴れ間にできるだけ施工の数をこなそう。
会社の現場勢と私は早朝6時には到着し、
ユニックで石や荷物を下ろし、設置場所まで台車で運ぶ。
かっちゃん達は地面をシャベルで掘り、石を据えた。
私はモルタルを練り、コテを揃え、水などを汲みに行き、7時半を回ったところで施工主へ挨拶の電話を入れる。
これがいつものパターンで、1件につき3時間ペースで灯籠やお墓を建立していく。
この日はムシロに包んだ墓石のロープを解き、私は一瞬、目が信じられなかった。そして、全身から血の気が引いていくのを感じた。
「漢字が違う……」
髙橋様の墓石にある漢字の『高』は『クチ高』で、
私が髙橋様と契約したときは、たしかに
髙橋様は手書きで『ハシゴ髙』を書かれて、
髙橋様へ確認し、書類に注意書きもしていた。
「はあ?漢字が違うってどういうこと?」
「これ『クチ』高でしょ?お客様は『ハシゴ』なのよ」
ロープを片付けている現場にいる他の職人さんが
「立花ちゃんの勘違いじゃないの」
「それはないから」
私は書類のファイルを取りに行き、指示書を確認しすると、現場用の指示書に二重線が引かれていることに気づいた。
これは、私が確認したはずの書類なのに、なぜ二重線が引かれているのか不思議だった。
「現場用の指示書。
『ハシゴ高』が二重線で消されているのはなんで?」
「もし立花ちゃんやお客が確認しても、現場に二重線を引かれた指示書がファックスされてきたら、
どっちみち防げなかったよな」
横から職人さんが私を擁護してくれる。
「次の大安はいつよ」「23日」
「納骨は?」「15日」
「今日は?」「11日」
「施工指示書を作成したのは?」「内野さん」
かっちゃんの瞳孔が変わり、顔を赤くし
「どうして要を内野に任せるんだよ」
「それは……」「山下さんは何やってんだ」
「確認したと思うけど」
「立花は施工指示書の確認をしないのかよ」
「それ言う?
なんで髙橋様のだけ、私が確認するのよ。
事務所のチェックが入っているじゃない」
こんな小さな会社でもマニュアルはあり、
システム上、私やお客様が墓石のデザインや文字を確認する工程はなく、今までこんな失態がなかったのが奇跡だとしても、それを感心している場合じゃなかった。
仮に落ち度があっても納期までに時間があれば、
取り返しはつく。
しかし、盆正月そして彼岸前は納骨式シーズンで、雨がある時季は建立が立て込む。
せめて営業や現場に確認するシステムを取り入れないと、いつかはこうなっていたのは分かっていた。
かっちゃんが地面に座り込み
「どうすんよ」
「どうするも、こうするも
墓石だけやり直すしかないじゃない。
お客様には『大安吉日に建立し終えました』と
事務所から過去形で言って誤魔化してもらうしかないでしょ」
とりあえず、正面の石以外は組み立て、
明日にでも新しい墓石に掘り直した石を乗せて完成させるしか、納期に間に合う方法はなかった。
私の頭の中では、山下さんを責めて、責めて
内野さんを怒る資格はないと責めていた。
新人教育もできない山下さん。
内野さんが現場に送った書類を山下さんさえ見落としせずにいたら、こんな目に遭ってない。
絶対ひと言、山下さんに言ってやるんだと私は意気込んでいた。
ポケットからスマホを取り出し
「おはようございます。
お疲れ様です、立花です。
今、髙橋様の墓石建立で桜丘墓地に来ていますが
エラーが起こりました。
髙橋様の『髙』が、ハシゴ髙を二重線で消されて、工場はクチ高で文字を掘っています。
山下さん、事務所はどういうチェック体制なんですか」
「少し待ってください」
……山下さんは書類を開いているようだ。
「あっ」
その「あっ」は、なに?
どうせ山下さんはお客様の手書きのサインがある契約書を確認せず、エクセルで作成した書類で漢字を確認したのだろう。
私は感情的になり
「旧字体は注意しろと言われてしましたよね?
山下さんらしくない」
「いや、そうじゃない。今から画像を送るから
現場で見てほしい」
タブレットのショートメールが反応し、開く。
契約書の一部を拡大した画像が画面に映し出された。
「これ、お客様の手書きのサインを上からペンでなぞって『ハシゴ』を『クチ』にしてあるわ」
現場にいた私たちから乾いた笑いが漏れてきた。
「100%内野の仕業だろう」
「もしかして旧字体を知らないんじゃないか?」
「『濵田』や『渡邉』とかは見た目で区別できるが
ハシゴとクチは知らなかったとかね」
「お客様が自分の苗字を間違えて書いているから、親切にお直ししてあげたつもりなんだろうか」
「仕方ないよ。この前は3.3尺が通じなくてさ。
若い子だからそんなものかと1メートルと言い直したが、事務所はどんな新人教育をしてるんだろう」
山下さんから電話があった。
今から原寸大の原稿を作り直し、早急に昔いた別の職人さんへ依頼して文字を掘り直してもらう手筈を整えたと。
内野さんの失態は後を絶たなかった。トラブルが続発し、責任の所在が曖昧な状況が生まれた。
お寺の住職や神社の神主まで失礼があったと、人間性の問題まで明るみになった。
「若い人はね」と電話で許してくださる方もいたが、檀家や門徒が多い『本寺』の住職は内野さんにプライドをズダズダにされてしまうなど、山下さんが土下座した事件まで発生した。
私や山下さんはお客様や取引先へお詫び行脚へ続いた。
第八話 仕事、辞めちゃいたい
内野さんのフォローと私の業務へ費やす時間。
自分でも精神不安定になってきている自覚があり、
アンガーマネジメントという、怒りが鎮まる行動が困難になってきた。
「内野さん、周りに確認していただけませんか」
私が内野さんへ言ったばかりに、私はモラハラする人間だとパートさんから怒られた。
「立花ちゃん、もしかすると人格障害かもしれないから病院に行きなさいよ」
有り難い助言のはずが私の心を壊す。
人格障害を好意的に言ってないのが分かる。
人格障害が悪いのではなく、相手に人格障害と告げたらねじ伏せられるから使われている。
パートさんの認識は、女性差別がダメで、
障害者蔑視はアリなのかと、鼻白む私もいたが、
白アリが柱を食い尽くすように、私の精神が脆く崩されていく。
山下さんやかっちゃんが怒るので、内野さんの周りいる人達からは反感を買ってしまい、内野さんやパートさんの愚痴を吐いても相手にされなかった。
内野さんやパートさんは完全なる被害者。
山下さんたちに貼られた加害者のレッテルは、取引先の担当者からも小言をいただくほど、内野さんの味方に取り囲まれていった。
山下さんにパワハラやモラハラを受けていると内野さんが言いふらすので内野さんへ同情は集まり、
わざわざ私の携帯にまで電話があり、嗜められるなんてのもあった。
山下さんやかっちゃんがいるのに、私がひとりぼっちになったような、誰にも分かってもらえないつらさ。
本社の幹部と出張へ出かけた際に、内野さんとパートさんへの仕事振りを相談してみたが
「女の敵は女っていうのは本当だね」
男とか女とか関係ないでしょう。
幹部との別れ際
「内野さんは新人で辞められたら困るんだ。
あんな愛嬌のある子は居ないし、山下の指導不足で実力が発揮できないかもしれない。
立花さんは同じ女性で仕事では先輩だ。
キミがしっかりサポートしてやりなさい」
山下さんは指導不足なのか?
確かに感情的な面を見たことがあった。
しかし、
内野さんが入社するまでうちの会社がこんなにミスを連発して社内が乱れたときがあったか?
私もかっちゃんも、先輩の山下さんから仕事を教わって、今こうして内勤も営業も現場までできるようになった。
それは事務所にいるパートさんも同じだ。
山下さんが内野さんだけ指導しないなど、それは考えられない。
周りの目は節穴なんだろう。
低気圧じゃないのに頭痛がする日が増えていく。
朝、目が覚めるとベッドから出たくない自分。
「山下さんはもっとしんどいんだ」
まだ私は外に居られるだけマシなんだ。
今日も午後からお客様のお宅へ詫びに行き、頭を下げて来なければならない。
「内野、お前が行けよ」
ハッと我に返る。
気づくと、自分でも驚くほど汚い言葉遣いで壁に向かって罵っている。
自家用車の中で私は叫んでいる。
叫ばないと痛い気持ちはどこにも捨てられない。
一旦事務所へ用事で戻らなければいけなくなると、首元が絞められるような息苦しさと脂汗が出て目眩がしてきた。
「運転できない」
最寄りのコンビニへ駐車すると、手足が固まり痺れが発生した。息遣いがおかしい、意識が霞んでくる。
頭痛や目眩が出てくると胃痛は慢性し始めた。
鳩尾へ差し込むキリキリした痛み。
ドラッグストアにある胃薬を試してみるが、嘔吐と立ち上がれない胃の痛みは薬も効かなくなり、
ドラッグストアにいる薬剤師の先生から
「早く病院へ行きなさい」
つらいね、つらかったね。優しい労いをもらい、「ここで薬を飲んでもいいですよ」
水まで出してくれた。
私は引き返せないほど、心も身体も病気になったのかもしれない自覚はあった。
事務所に戻り、開き戸を開けようと手をかけたとき。中から内野さんとパートさんの喋り声がした。
「仕事出来ない人って、本当、無能を絵に描いたみたい」
内野さんの声だ。
「マニュアルを使う、マニュアル通りって頭が悪い人がやることなんですよ。
流れを見てアレンジできるようになって一人前。
あれで大学卒業したって、恥ずかしくて普通は履歴書に書けないよ。
それに、山下や勝田、立花は私に嫉妬してイジメをしてるけど、私にはパワハラされた証拠もあるし、加害者は私へ謝らないのかな」
パートさんの声は聞き取れないが、
「能ある鷹は爪を隠すって、私のこと。
爪の垢をメルカリに出品しようかな」
2人の大きな笑い声がした。
「暇〜、めっちゃ暇じゃないです?この仕事」
私は事務所へ入れなかった。
このまま息が止まって死んでしまうのではという、呼吸困難になる。
アスファルトの駐車場へ身体が前のめりになり、手足が痺れて蝉の死骸のように転がるしかなかった。
目が覚める。
左肘にはチューブが伸びて点滴の最中。
点滴がぶら下がる横へ、かっちゃんが腕組をして眠っていた。
病室の明暗から今は夜だと分かるのだが、何時なのか知ることができない。
カーテンがそっと開くと看護師さんが
「起きた?先生を呼んできますね」
かっちゃんは看護師さんの声で目を覚ます。
「立花、大丈夫かよ」
力が抜けたまま「分かんない」
「過呼吸を起こしたってよ。俺が会社に帰ったら、立花が駐車場に転がっていてさ。
救急車に乗せられて、今ココ」
「そうなんだ、ごめんね。迷惑かけて。
ありがとうございます」
かっちゃんは目元を搔きながら
「お礼は言わなくていいよ。今、山下さんが本社へ掛け合ってるから」
「何を?」
「立花が倒れている中、あの2人は仕事もせずに菓子を食ってたんだよ。それを俺と職人さんがチクったワケよ。そうしたら山下さんが本社に行くって」
「本社にね……言っても無駄じゃないかな」
真面目に働くってアホらしい。
もう、会社を辞めていいように思えてきた。
