正義って誰のためにあるんじゃろと考えた
熱い闘いの選挙戦の翌日が21日、今日。
開票速報などで日本中が湧いた時間だろうと思う。
ネットでは、党首討論や各候補者を応援するツイートが多く流れて、それをぼんやり眺めていた。
選挙公約とは別に、党首が正義を語る場面を観て、
改めて、
「正義ってなんじゃろ」と考えた。
パッと思い浮かぶのが、ショッカーが居るところには、仮面ライダーありのシーン。
善と悪が分かりやすく登場する、子ども向けだし。
正義を辞書でひくと
せい‐ぎ【正義】
1 人の道にかなっていて正しいこと。「正義を貫く」「正義の味方」
2 正しい意義。また、正しい解釈。「四書正義」
……と、出てくる。
仮面ライダーとショッカーは人なのか?
という屁理屈は、さておき。
正義とは、生命の進化を促すもの
悪とは、生命の危機や断絶をなすもの
なのかな、と思ったりして。
道徳的な正しさ、公平・公正、個人の信念が正義らしいんだけど。
正義の捉え方にも
・ 相対主義:
正義は絶対的なものではなく、時代や文化、個人によって異なる相対的なものであるという考え方です
・普遍主義:
正義は普的な価値観であり、時代や文化を超えて共通に認められるべきだという考え方です
なんだって。
正義は一筋縄ではいかないね。
だから、正義は慎重に扱わなきゃと思うのに、
正義の取り扱いは雑で、正当化=正義の節がある。
人が正義を語ってるけど、どの人も絶対の正義じゃない。どちらかが絶対に正しいわけじゃないのに、語るときは、それが真理のような語り口になるのが笑っちゃうよね。
わたし、正義って相対的だなと思うし、極めて個人の裁量で決まるなぁって感じてるよ。
だけど正義の普遍性を語ることへの危うさも感じるんだよ。
分かりやすく言うと、進化論的に「劣っている」「進化に逆らっている」とされた集団が排除されてきた歴史には、優生思想やナチスの思想あったじゃん。
ジェンダー論の観点から「女性は出産しないと存在価値がない」「男は稼いで当然」といった性役割の価値観。
文化的な進化ではなく、生物的な進化を正義にしてるだけなんよね。
多様な生き方がある社会で、そんな進化的な役割で人を評価するのはどうなんかね。
それと、障がい者差別の観点から、「遺伝子に異常があるから中絶を選ぶ」「障がい者に福祉をかけるのは非効率」という意見もあるよね。
生きる価値があるかどうかを身体的スペックで判断することになって。
noteにいる人たちの価値観は、障がい者が意見することも許さないらしいけど、今日を無事に過ごせる確約なんてないのに。自信家だね。
ここを鑑みると「進化に従う=善」というフレーズには、自分で言いながら、やっぱ違うかもとか。
なぜなら『正義とは、誰にとっての正義なん?』
しゃない?
「森林伐採して、道を作りましょう」
「人間を襲うクマを捕獲しましょう」という場面で、
「自然に逆らう行為は悪だ」と言えば、自然を守る人にとっては正義になる。
でも、自然を破壊してでも社会改革を進める人や住民の安全性を考える人には、それが悪には見えないわけじゃん。
だから何を守るかによって、正義と悪がひっくり返るんよ。
こう考えると、相対的な正義は逆に怖いね。
正義が相対的だと分かっていても、人は自分の正義に従って行動しちゃって、ときに誰かを傷つけたり、排除したり、戦争すら正当化する。
だからね、「これは私の正義だけど、他者には他者の正義がある」と自覚したり、
「その正義は誰を守り、誰を切り捨てるのか」と立ち止まることが大事なんだと思う。
……本当は、私たちって、もっと慎重でいなきゃいけないのかもしれんよね。
自分の正義が、誰かにとっての悪になってしまう前に。
そして思った。
人々は平和を祈るけど、そうじゃない。
自分に問い続けることなんよ。
そんなことを考えた、雨の日の金曜日。
