祖母の嫉妬とわたしのO型
祖母のコンプレックスは、自身が希望する小学校へ入学できなかったこと。
祖母は4人兄妹の中、1人だけ別の小学校へ通った。たまたま行政の振り分けがそうさせただけで、
祖母の実力不足ではない。
「お兄さんも妹も五番町小学校へ行ったのに、私だけ二河小学校だった」
五番町小学校は現在の呉市呉中央小学校と名称を変更して健在だが、祖母が小学生の頃、昭和初期や昭和の終わりまでは、五番町小学校といえば、名門校だった。
私のような、呉市に住んでない人間も評判は耳に入っていた。
なぜなら、私の従兄弟(従姉妹)は五番町小学校出身で三津田高校へ進学したからだ。
祖母の兄は呉一中(三津田高校)へ進学した。祖母は転校して山口県の女学校へ進学し、祖母の妹は静岡県の女学校に進学した。
「私が男の子だったら、呉一中へ入学したのに」
おばあちゃんになる年齢なのに、かなり過去のことを悔しい、悔しいとわたしへ嘆いた。
わたしが中学に入学した4月。
祖母から手渡されたのは、
佐藤紅緑の『あゝ玉杯に花うけて』
佐藤紅緑とは、詩人・サトウハチローや作家・佐藤愛子の父親。
本のあらすじは、元々、お金持ちの主人公が父親の死により不遇な少年時代を送る。主人公には親友がおり、主席争いをしていたが、進学もままならない。(……だった気がする)
主人公は理不尽を乗り越えながら、やがて師と出会い、苦難を乗り越えていく。気高く生きる少年の物語だ。(……誤読なら、ごめんなさい)
うちは母も祖母からこの本を渡され、私立の中高一貫校を卒業している。
つまり、母やわたしは祖母のリベンジ要員だった。
煮えたぎる嫉妬は一過性のヤキモチ程度もあれば、娘や孫へ同じ轍を踏まないように消えない感情もある。
どう昇華するかで、良し悪しの行末がついて来て、
わたしのようなアンポンタンは、まんまと祖母の期待を裏切った。
裏切ったが、弟や従兄弟達をみても嫉妬しない。
嫉妬する理由が分からない。
『名門校』はわたしにとって、ただの学校。
個人がそうしたかったから進学したんだろうし、わたしも自分の意思で進路を決めた。
佐藤愛子は著書で、親の影響や血は争えない的なことを綴っていたが、わたしはどうやら血さえも
「O型です。コレステロール少なめです」
体内を流れるものとしか捉えてない。
本当にそうなのか?
わたしは祖父の影響や血が流れているのではないか、自由が好きで自分が好きなことに熱い祖父。
「過去に抗っても意味なくね?」
じゃあ、少ない面積の自由を自分の想いで容積を広げていこうとした祖父。
祖母が手渡してくれた本に意味がなかったとは言わないが、今を生きようとした祖父の影響や血がわたしの魂へ注がれている。
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ー 祖父母のこと ー
