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 秘密主義ではないのに、秘密基地が好きだった。

『うちら文化』が好きで、アンダーグランド感のある小さな盛り上がりは、秘密結社の一員になれた興奮があった。

 廃れた材木置場、廃屋の片隅はわたし達の秘密基地。
幼なじみの少数だけが知る場所は、お稽古事がない日に行って、気持ちをリフレッシュしていた。

 夏休みは自転車でダムまで駆ける。
精々、多くても20人ばかりがダムで水浴びをして魚釣りに興じる。
大きく、そして誰も来ない場所での遊びは、ダムという危険地帯にいる背徳感で心がざわめき、ただの水遊びへ特別な意味を持たせた。

 社会人になり、やはり秘密基地を持った。
会社の先輩・西くんと備品室の隅でコーヒーを飲む。オール仕事の話なのに、情報交換はスパイになった気分がして退屈な社畜生活へ彩りになった。

 時々、上司の陸ちゃんやノリちゃんが来て、更に上の上司をこき下ろし
「よくぞ言ってくれました」と拍手する。

 部署内で配るお土産のおまんじゅうを掻っ攫い、
二人で食べる味は格別の甘さ。

 たまに「彼氏とは?」と聞かれる。
「相変わらずかな、そっちは?」
「このまま彼女と結婚かな」
「そっか、よかったね」「これでいいの?」
「さあ」意味深に終える会話に不貞行為はない。

 子どもの頃、ダムで遊んだ背徳感と同じ、胸を撫でるザワザワとした気分が心地よい。

 秘密基地なのに、秘密になっていない片隅に、
いつも居ない人が来るとがっかりしてしまう。
ギャンブルが苦手なわたし達は、延々と博打の話を聞いて、ただの観客。

「誰がここに呼んだの?」
排他的領域の異物が心の据わりを悪くする。

 廃墟やダム、備品室が一気に色褪せた空間になるのは、クラスの正義感ガールが「秘密基地なんてイジメ。みんなで共有すべき」と騒いだ時と同じ。

 わたし達は誰もハブりたくなかった。
ただ、限られた仲間とのザワザワした特別感を守りたかっただけなのに、なんでイジメなんてレッテル貼られなきゃいけないの。

 そんな言葉、わたし達の宝物を壊されるみたいで死ぬほど嫌いだ。

 正義感ガールはいつも「みんな仲良し」がモットーで「みんなで共有」と騒いで連れて行ったのに、魚釣りに興味なさげで
「汚い、怖い、楽しくない」文句ばかり。

 学級委員のワシとしては、
「お前の正義、うちの秘密基地には通用せん」
心の中で叫んでた。
わたし達のザワザワは、やっぱり内輪だけのもの。

 備品室でコーヒー飲んでると、別の部署の佐藤さんが「何、こそこそガキっぽいことやってんの?」って笑ってきた。
「コーヒーなら休憩室で飲めるでしょう?」

  そんな一言で、わたし達のスパイ気分がただのバカ騒ぎに見えた。

 外部の冷たい目や正しそうな正義が、わたし達のうちら文化をただのガキっぽい遊びに見せるとき、胸を痛めたが、学級委員のワシ、負けるかよ。

 翌日、また西くんとコーヒー片手に集まり
「佐藤さんには息抜きの仕方が分かんないのよ」
笑い合った。わたし達の秘密基地、そんなくそくらえな一言で壊れるもんか。

 贔屓にしていたインディーズバンドがメジャーデビューした時の、サブカルへ光が当たった時の、
『そんなんじゃない』という反発に似て、アイデンティティへ土足で踏み躙られた哀しい気持ち。

……なんか、悔しかったな。

 あの悔しさがあったから、わたし達は新しい秒密基地を探し続けて、うちら文化を何度も作り直してきたのかもしれない。

 うちら文化って、特定のグループだけで共有される「秘密の楽しみ」みたいなもの。

 この自分たちだけのもの感が、社会的アイデンティティや所属意識を強くしてくれた。
グループ内だけのジョークや文化は、仲間との絆を深める大事なツール。

 でも、大々的に広まると自分たちだけの特別なものがみんなのものになる。

 排他性が失われて、グループの一員であることの特別感が薄れた。特別感の喪失が寂しさや白けた気持ちの大きな原因かもしれない。

 うちら文化だけの所有感は、自分たちが作った、または自分たちだけで楽しんでるものだから、どこでどう使うかをコントロールできる安心感があるんだ。心理的所有感っていうのかな。

 外部に広まると、コントロールが効かなくなる。
 知らない人が勝手に使ってる、うちらの意図と違う使われ方してるみたいな状況が、自分の大切なものが奪われたみたいな気持ちを引き起こした。

 内輪のノリは、気心知れた仲間同士だからこそ成立するゆるさや恥ずかしさが含まれている。

 それが広く知られると外部の人の冷ややかな目や批判を意識しちゃう。評価への不安が働いている気分になる。

「ダサいって思われるかな?」みたいな気持ちが芽生えると純粋に楽しめてたものが急に「恥ずかしいもの」に変わっちゃってさ。
ギャップが、寂しさや白けた気持ちを増幅した。

 うちら文化で楽しんでいたものが広まると一気に消費されて、すぐに古いものに成り下がる、
「これもそのうち廃れるんだろうな」って感覚が強まる。
価値を失ったように感じさせて寂しい。
自分たちの特別なものが失われる虚無感。

 秘密結社の一員であることに大きな価値を感じるわたしは、外部の大人達の目やコミュニティ外にいる同級生の評価を気にしやすいから、広まることで不安を感じた。

 より多くの人と共有できるのは嬉しい気持ちもゼロじゃないはずだけど、失うもの、特別感やコントロール、親密さが大きいと寂しさや白けた気持ちが勝っていたんだよな。

 わたし達は秘密基地が見つかると、また新しいうちら文化を作り、広まったノリは手放して新しい「自分たちだけのもの」を作った。

 うちら文化は、そのノリが自分にとって大切だったって証拠なのね。
そして、わたしの主張が分かる人とは相性がいいと思う。

 今でもどこかの小さな秘密基地を探している。

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