見出し画像

小説: ペトリコールの共鳴 ㉑

←前半                  後半→

第二十一話 甘え上手のカリスマ ⑥



 来客が去ったあとの静けさを、囁くキンクマの声がゆっくりゆっくり俺の耳へ。

「浮所さんとの話を聞いてた。
僕の未熟な考えを言っていいかな?」
俺は返事をしなかった、キンクマは続けて話すだろうから。

「被害者、3人も死んじゃったかもしれないんだね。多分ね、愛羅は心が死んじゃってたんだよ。
昔、もっと昔から」
「どうしてそう思う?」

「なんか、動画とか観てるとね、愛羅みたいに小さな頃から父親に嫌なことをされた人の証言もあったりするんだ。お年寄りになっても嫌な記憶は消えないんだって。どの人も自分が好き好んで親へ身を差し出した人がいなかった……」
「それで」

「うん、だからね。
愛羅はいっぱい嘘つかないと、自分がされて嫌なことを誰かに八つ当たりしないと、愛羅は愛羅が壊れるのが怖かったんだよ。
心はひとりぼっちだったんだと思うよ、多分ね」
「だから、こんなことをしていいとでも?」

「絶対にやっちゃいけない。
なんか、話を聞いていると、
人へ嫌なことをしたときやされたとき、
誰かが褒めてくれたら嫌なことだと分かっていても段々と嫌なことが何か分からないぐらいに慣れていくんじゃないかな。
自分が生き延びるための最善として」
「キンクマの意見として聞いておくわ」

「うん、僕が勝手に思ったことだから。
ごめんね、タツジュンの気持ちを無視して」

 俺は何も考えたくなかった。
それは疲労からかもしれないし、一気に押し寄せた不幸から逃げたかったのかもしれない。
分からない、何も考えたくない。

 活動的なキンクマもケージに籠ったまま、ハムスターらしく藁の上で丸くなっている。

 愛羅がこの家に来てから今日までの時間は、著しい環境の変化にストレスもあったと想像する。

 俺が招いたことでキンクマを巻き込んでしまったが、何ひとつ俺に文句を言うわけではなく、
「僕を見捨てず捕まえにきてくれてありがとう」
「タツジュンが帰ってきてくれてよかった」
「またタツジュンと暮らせて嬉しい」

 愛羅のアジトにキンクマが居たとき
「コンビニって言ったのに、ごめんね」

 今は今で、キンクマへ教えたんじゃないのに、
まるで「罪を憎んで人を憎まず」と言わんばかりのつぶやきを聞いていると、人間は他人の背景も知らずに裁いてしまう傲慢さが軸にあって、どう自分が他人との関わりで傲慢さをコントロールしていくか。
……そんなことまで今は思う。



 タツジュンは床の上に大の字になって、目の焦点が合っていないように見える。
僕が余計な感想を言ったから怒らせたかな。

 浮所さん達マスコミはこれからも愛羅の心の闇を探していくのかしら。
闇が明るみになったら、愛羅は幸せになるのかな。

 愛羅から人に言う心の闇と、人が暴いてしまう愛羅の心の闇は全く性格が違って。
誰だって知られたくないことを日本中に言いふらすのは止めてほしいと思うのに。

 愛羅の父親は愛羅の心の闇がたくさんの人に知れ渡る心配がないから、愛羅が嫌がることをしていたのだろう。
 それはタツジュンの事件と同じで、愛羅が父親から勉強したみたいな。

 父親は子ども時代があって大人になったのに、大人になると子ども時代を忘れてしまうのかな。

 僕は愛羅の父親にはこの先も会うことがない。
だからどんな人なのか分からないけど、動画を観ていると悪いことは伝統みたいに受け継がれている。

 人間は僕以上に脳や身体が大きく発達している。
でも、どうして、良いことは廃れて悪いことは続いているのか。
 悪いことに旨みがある?悪いことは失敗として数えないから?
悪いことは、悪いことは……。

 それだけ透明度の低い世界なんだ、と思った。