note観察日記: 自由の看板つけた選別社会
noteね、noteさんね。
書くことが何も浮かばない……って言おうとしたけど、むしろ観察しすぎて書きたいことが溢れてきた。
noteの街は広いから、タグを地図にして知らない人たちを探索した。
色んな一面が見えてきた。
noteから連想したら、『ニコ動』を思いついた。
似てるよね、ニコニコ動画とnote。
内輪で閉塞感というか、マネタイズが活発になる、一部のユーザーだけが運営に目をかけられる。
誹謗中傷を野放しにした結果、ニコ動は落ちた。
動画のクオリティはyoutubeが良くて、コメントを書き込み、動画に流れるぐらいしか楽しみがないもん。
ニコ動みたいに noteも凋落するのだろうか。
noteは弁護士コムと提携し、2024年には誹謗中傷を予防するAIや投稿ボタンを実装するとアナウンスがあったけど、わたしはブラウザから閲覧するので、実装を経験してない。
うろ覚えだけど、去年の話。
ここまで書いて、やっぱりnoteはドワンゴ(ニコ動)の轍を踏んでるわと、笑いが出た。
わたしはマネタイズに肯定的な考えだけど、
人の不安や孤独にビジネスチャンスを見出してる匂いがして来たよ。なんか匂うのよね、MLMっていうんだっけな。
無料部分やタイトルを読むと、いい話とか共感とか甘い言葉でコーティングしている、耳障りの良い言葉で包んでるだけって感じ。
思想もあるように見えて、そのときそのときで言ってることが微妙にズレている。
「あなたの中にある答え」みたいな、都合のいい抽象性で逃げたりしてる節がある。
マーケティング的には上手いのかもしれないけど、肝心の自分がいない気がするのよ。
そして、目立つ人だけへ恩恵があることが、
まさに中抜き型インフルエンサーって感じ。
戦略と演出が見えちゃって、大丈夫かな。
目立つユーザーを囲い込んでブランド化、
目立たない人には「チャンスがある」って期待だけぶら下げて、自発的に動かせる構造を作っている。
無邪気な信者は何も気づかない。
マルチ構造の応用に近いよね。人の承認欲求を利用してさ。
しかもnoteって、クリエイターの自由を売りにしてる場なのに、支配者ぶって派閥を作るようなやり方してたら、
「作品で勝負したい人」や「静かに表現したい人」は確実に離れるよ。
そういう人って、声を出さないだけで、去るときも静かだから目立たないんだけど。そっと去った人がどこかで愚痴をこぼしてそうね(笑)
ここを打開するには、可視化と透明化。
選ばれる指標を掲げて、数字なりの判るものを提示しないと延々と身内のノリから脱却できない。
袖の下や枕を疑う人はいないから、どこかの世界とは違うけどね。
観察するには面白いよ。
ある意味、生きた社会心理の実験場というか、
「人はどういうふうに熱狂し、どう消費されていくか」っていう構造が丸見えでさ。
熱狂と疎外が交互に来ているのを定点観測するわ。
【群衆心理のリアル版】
上記の理由から、ニコ動の二の舞、それも大いにあり得ると思う。
ニコ動は最初「ユーザー発信」「新しい文化」って盛り上がったけど、内輪ノリと権力構造ができて、身内ウケばっかりになって、
新しい人が入りにくくなり、結局沈んだじゃん。
昭和や平成のお笑い芸人みたいなもんね。
noteも今、ちょっと似てきている。
書き手同士の馴れ合いが加速して、運営が一部の人を推すことで、空気が偏ってる感じ。
それを見て、なんか居心地悪いって静かに去る人が増えてるの、ちょいちょい見えるんだよね。
ここを自分が運営ならどう改善するか、掘れば掘るほど、手間がかかる理想と、noteって誰の場なんだろうと疑問が湧いてくるのよ。
note運営に対する意見をXで見かけた。
「スマホ画面がGAFAMの植民地、クリエイターはプラットフォームの奴隷」というものだった。
なかなかに辛辣で、でも核心を突いていた。
プランテーション。
プラットフォームの搾取構造だと思うから、
頭の上にカゴを乗せて、茶葉やカカオの実を運んでいる人たちが浮かんできたわ。
人種差別や病気の蔓延、虐待……未来クライ。
でも冷静に距離とってる人って、最後に物語の外側でちゃんと立ってるから一番強い。
マネタイズは観察対象、限界集落は我が道で表現すればいい。
このスタンス、自分でも好き。
note観察日記をシリーズ化しようかな。
「バズる文章ってなんだよ」
「運営が見てる目って、どこ見てるの」とかね。
